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case1
Pを訪ねて客が来る。かねてから馴染みの女の子である。春の日に着るために作られたような桜色のスカートを履いている。頬を朱に染めている。Pのことを好もしく思っているのである。
Pは書き物机から顔を上げる。眩しそうに見上げた目をアーモンド型に戻して微笑む。こんばんは、と言う。女の子はどぎまぎする。
「今日は元気がないんです。」
書き物机の傍で小首を傾げて、Pを窺う。Pは笑みを依然口元に留めている。
「そんなふうには見えないですね。」
途端に女の子は真っ赤になる。壁掛け時計の針の音が急に大きくなったように感じる。
「じゃ、じゃあそれはやめにします。」
Pの表情は、相手を励ましているようにも見えるし、面白がっているようにも見える。女の子はしばらく考える。Pと心を通じ合える注文を吟味している。ちらりとこちらを見て、それからPに視線を戻す。
「それなら、緊張を解くようなの、ください。」
「緊張してるんですか? 常連さんなのに。」
女の子は勢いよく頷く。桜色のスカートをひらりと触る。そして心配そうにPの表情を探る。間違えるのがとても怖いのである。
「あの、なければいいんです。」
「もちろんありますよ。」
Pは書き物机から立ち上がる。尖った色鉛筆が机に取り残される。黄色だけが連れていかれる。指でくるりと回される。Pが店の奥の暗がりに消える。
「あなたが本当に緊張しているのなら、の話だけれど。」
暗がりからPの声だけがする。
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