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第2話 運命の邂逅
神田連雀町。
筋違御門のある、荷縄、すなわち連雀を作る職人が多いため名付けられた土地を、幻磨は彷徨っていた。
周囲には見点の商いをする場所や長屋が立ち並ぶ。近頃すこぶる評判がよく、門弟も多いという張孔堂という軍学塾も近辺と幻磨は聞き及んでいた。
自身がもし御前試合に参加していれば、果たし合うはずだった相手はたしか張孔堂の主であったはず、などと考えつつ、幻磨は寄る辺なく歩く。
「賊、といっても外観風体を一切聞かなかったのは拙者の大失敗だったな。かような不吉な月の夜更けに、あからさまに怪しげな者が出歩いているともそうそう思えぬ。とはいえ時間がない……」
ぼやく幻磨の視界に、どのような理由か世にありえない金色の髪を肩まで長く伸ばし、紺色の肩衣に流して歩く、妙に肌の白い男の姿が映った。
見るからに怪しいのがいた! と内心で快哉を叫びつつ、賊がいつ何時襲ってきても対処できるよう、腰にかけた二本のうち脇差の鯉口を切り、幻磨は問い詰めた。
「見つけたぞ、賊め! 拙者、高野山の僧・富嶽に助力を頼まれた浪人佐々木幻磨! いざ神妙に致せ!」
「高野山? 富嶽? 知らんな、宗教の勧誘なら間に合っている。他を当たれ」
知らぬ風をする金髪の男だったが、幻磨は確かに見た。男の帯びた両刀の片方の鞘が、わずかに血濡れているのを。
幻磨は抜刀し、正面に構えた。
「知らぬでは通らぬ! いかな理由で凶行に及んだかは知らぬが、こちらにも人としての義理がある。金色の髪に妙に白い肌とあれば妖異の類に相違あるまい。神妙に致せばよし、さもなくば……拙者の日光天兼先の一斬により貴様の首、胴と泣き別れことになる!」
「よくも吠えたな! 俺は越後屋の用心棒、ジョルジュ武蔵。畿内に名高い宣教師クリストヴァン・フェレイラさまから洗礼名を頂いた、誇り高き切支丹よ! だが互いの氏素性など、もはやどうでもいいこと。幻磨、お前は先ほど『日光天兼先』と口にしたな?」
金長髪の男、ジョルジュ武蔵は異様に熱の籠った眼差しで、幻磨の刀・日光天を見つめている。
「おお、打刀に珍しい菖蒲造りの格好、典雅な中反り、板目肌の刀身に片落互の目の刃紋。わずかに朱を帯びて輝く刀に銘を兼先……間違いない、間違えようはずもない。貴様こそ俺が斬らねばならぬ運命の男よ! 見よ、我が『月影空兼定』を!」
武蔵が叫び、抜いたのは淡く白く輝く刀身。銘にわずかに兼定と読み取れる。
武蔵は狂喜に顔を歪めながら語る。
「戦国乱世の頃、美濃国の名工兼先と兼定は、互いの秘法を教え合い、人生を賭して二振りの刀を共作したが、あまりに完成度が優れていたため、どちらの技量が勝っているか競い殺し合った。際して封じられ、忌刀として号された対の打刀『日光天』と『月影空』」
武蔵は得意げに語り続ける。
「二振りの所持者が相まみえることは時代に一度あるかないか、出会えば必ず殺し合いになるという、世を変える程の伝説の刀! 勝って二刀を得たものはすべてを手に入れると聞いた。両者が出会ってしまったということはもう、果し合いにならざるを得んよな、幻磨!」
「拙者、左様な伝承があるとは露も知らず、ただ銘刀として花札の賭博で老工から巻き上げただけの刀ではあるが……。かほど大きな宿命を背負った刀ならば、我が零落の運命の転変は見てみたい。武蔵よ……死合うか!」
「さすが日光天に選ばれた主だけあって物わかりのいい男だ幻磨! 今この場にて俺と運命の死合いを致そうぞ!」
不吉な紅の月明かりだけが照らす静寂した世界、夜の連雀町裏通り路地。
幻磨と武蔵は互いに刀を構え対峙する。
時折吹き抜ける夜風はまだ木陰のように涼さを含んでおり、高揚した両者の肌には打ち水のように心地よく感じられる。
武蔵の構えは相八相。軽く斜めに胸元で刀を上に掲げた姿勢。
対する幻磨は戦場を想定した介者剣術の色合いがまだ残る時世、まだ比較的新しい、体をまっすぐに伸ばした姿勢。左足をわずか前に出し、刀を斜め上方に背負うように構える。
鎧を着込まぬ太平の世の素肌剣術に適した、すなわち幻磨神道流・逆霞の構え。
両者の距離は九尺、約二百七十センチメートル。遠間などと呼ばれる、真剣勝負の基本的な位置取り。
互いに構えるが、動かない。
子供のごっこ遊びの棒振り、チャンバラではない。
闘いはすでに始まっている。
中国拳法に伝承される『既動理論』の教えに曰く、闘いにおいては動かない状態こそが最も速い。つまり構えの段階でもう、最速の攻撃が両者の間を飛び交っているのだ。
仮に実際に刀を振るった場合でも、鍛錬を積み剣の術技を練りに練った剣客が放つ日本刀の斬撃は、恐ろしく速い。
音速に比肩しうる一撃を迂闊に外すか受け損なう危険度はあまりに高く、容易く死に繋がる。
あるいは剣豪と雑魚の勝負であれば、大立ち回りの一斬一殺を簡単に成し得るかもしれない。しかし皮肉にもというべきか、戦う運命にある幻磨と武蔵の実力は伯仲しているようで、静の時間は中々崩れなかった。
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