第2章 保健室の魔女

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   4  ハーブガーデンで昼食後、僕らは再び車で移動。二台の車は町を抜け、山間部の道をかなりの距離走り続けた。時折道の駅でトイレ休憩を挟みつつ、夕方近くになってようやく砂治アストロ公園に到着した。まさかこんなに時間がかかるだなんて、僕は思ってもいなかった。真帆たち女子の間だけで話が進むものだから、僕はノータッチで完全に任せてしまっていた為、地図で距離を確認するなんてことすら一切していなかったのである。  道中、真帆は涎を垂らしながら僕の肩に頭を預け、ずっと眠り続けていた。乙守先生や井口先生に運転させて、いい気なものである。とはいえ、かくいう僕も気づくと何度も何度もうつらうつらと舟を漕いでいて、いつのまにか意識を手放してしまっていたらしく、 「ふたりとも、着いたわよ!」  という乙守先生の声でやっとこ目を覚ましたくらいだった。  車から降りるとここもまた緑に囲まれた場所だった。というか、施設と緑以外ほとんど見えるものがなかった。木々の合間からうっすら見えるのはだだっ広い田んぼと農家らしい家が数軒。それも当たり前のことだろう。田舎の山の上の天文台である。これなら確かに、綺麗な星空が見えそうだ。  僕たち七人は駐車場から小さなレストハウスの前を移動して、まずはメインなのだろう比較的大きな建物に向かった。見回してみれば、敷地内には点々と小さな建物があって、にょっきりと伸びたこれもまた小さな塔のようなものが併設されており、そのてっぺんにはドームのようなものが見える。たぶん、天体望遠鏡があるのだろう。  建物の中に入るとそこはそこそこ広くて吹き抜けになっていて、天井からは惑星の模型や大きな観測衛星?の模型がぶら下げられていた。星空の写真も至る所に展示されており、色々な展示物のほかには奥に売店などもあった。パンフレットを見てみれば、二階にはプラネタリウムや図書館、三階には大型天体望遠鏡があるらしい。 「なんだかワクワクしますね」  鐘撞さんが眼を輝かせながら話しかけてきた。 「鐘撞さん、宇宙とか好きなの?」 「はい。あ、でも宇宙っていうより、星空ですね。星々の瞬く夜空をホウキで飛びながら眺めるの、結構好きなんですよ、わたし」 「へぇ、そうなんだ。いいね、そういうの」  はい、と嬉しそうに笑う鐘撞さん。  その隣ではどこかつまらなそうな様子で榎先輩が辺りを見回していた。 「――先輩は、あまりこういうのに興味ないんです?」  僕が訊ねると、榎先輩はハッと我に返ったように目を丸くして、両手を激しく振りながら、 「あぁ、ちがうちがう、そんなことないって」それから少しばかり天井を見上げてから、「いや、ごめん、やっぱりそこまで興味はないかなぁ。どっちかっていうと、あたしは遺跡の調査とか探索とか、そっちの方に興味があってさ。実はここに来ようって真帆たちから誘われた時、近くの魔法使いにまつわりそうな遺跡を調べたんだよね。そしたらさ、この辺りに昔の魔法使い――要するに古い神社とかお寺の記録があって、どうやらそこで不思議な術を使ってた人がいたって記録があったんだよね。もし許してもらえるなら、あとで勝手に調べに行ってみるつもりなんだ」 「そういえば、さっき言ってましたね。榎先輩は大学で日本文化とかをやってるんだって」  肥田木さんも会話に混じってきて、そう口にした。一緒に車に乗っている間に気が合って、仲良くなっていたらしい。 「そうそう」と榎先輩は頷いて、「実は高三のときに進学で迷ってて、そんときに井口さんに言われたんだよね。ひい祖父さんの残した記録を読み漁るくらいには魔法文化に興味があるんなら、大学で日本文化について研究しながら、古の魔法道具を探し求める仕事とかしてみないかって。全魔協がそういうのやってるらしくてさ、今はソレに向かって頑張ってるとこ」  なるほどなぁ、と僕は妙に納得する。榎先輩のひいお祖父さんは魔女や魔法使いたちの間でも有名な魔法の研究者だった。医者をしながらあらゆる魔法を研究し尽くし、新たな魔法をいくつも創り上げてきたのだとか。その研究にはもちろん、古来より続く日本の魔法文化(ただし魔法という言葉自体が近年できた言葉なので、時代によってその呼び名は違っていたらしい)を基にしているものもたくさんあるらしく、古の魔法道具についての記録も色々調べていて、何冊もの魔術書や魔導書を残していた。榎先輩がそれらに影響されるのは自然なことで、ひいお祖父さんほどの魔力はなくとも、同じような道を歩もうとしている榎先輩に僕はいたく感心してしまったのだった。  果たして僕は、どんな将来を歩んでいけばいいのだろうか。改めてそんなことを考えさせられてしまうのだった。 「――あれ? 真帆先輩は?」  肥田木さんがふと思い出したように、辺りを見回す。  そういえば、さっきから姿が見えない。僕も肥田木さんや鐘撞さんたちと同じく館内を見回してみたのだけれど、乙守先生と井口先生が並んで展示物を見ながら何やら会話を交わしている姿は見えるのに、どこにも真帆の姿が見当たらなかった。はたして真帆はひとりでどこへ行ってしまったのだろうか。  などと思っていると、 「お~い! みんな~! こっちですよ~!」  吹き抜けに響く声がして顔を上げれば、二階に見える手すりから上半身を乗り出すようにして、ぶんぶん手をふる真帆の姿がそこにはあった。 「もうすぐプラネタリウムが始まるんですって! みんなで観ましょぉ~!」  僕らは顔を見合わせ、そして小さく息を吐く。 「じゃぁ、行きましょうか」  そう口にしたのは、鐘撞さんだった。 「はい」と肥田木さんも頷く。  早くも乙守先生と井口先生は二階への階段へ足を向けていた。  僕と鐘撞さん、肥田木さんも二階へ向かおうとしたところで、 「ごめん。あたしはちょっと、この辺りを探索してくるよ」  僕の肩を軽く叩いた榎先輩が、申し訳なさそうにそういった。 「さっきいってた調査ですか?」 「そそ」と榎先輩は頷いて、「一時間くらいしたら戻ってくるから、真帆にもそう言っといてよ」 「わかりました。気を付けてくださいね」 「うん。じゃ、よろしく!」  僕は榎先輩がドアを抜けて外に出ていくのを見送ってから、足早に二階への階段を駆け上ったのだった。
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