第1章 新入生の魔女

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   3  そんなこんなで諸々のことが済んで放課後。  今日はまだ始業式当日と言うこともあって、まともな授業もなく、僕は真帆と共に部室へ向かった。  部室とはいっても、高台に建つ我が高校の地下に設けられた秘密の研究室で、高校ができる前までこの高台には榎先輩のひいお祖父さんの屋敷が建っていて、この地下室はそのひいお祖父さんが医療魔法などの研究に使っていたものだ。  ここに残されていたもののほとんどは榎先輩が卒業を機に持って帰ってしまったし、残されていた魔術書も今では真帆のお祖父さんが営んでいる楸古書店――表向きはただの古めかしい古本屋だけど、実は魔法使いの使う魔術書なんかを扱っているらしい――に引き取られていった。  なので、今ここにあるのは、僕や真帆、鐘撞さんの私物や魔法の練習に使うようなアレやコレやばかりだった。なんなら真帆や鐘撞さん好みの装飾に彩られていて、もはや研究所というよりは本当にただの子供の隠れ家的な様相を呈していた。 「あ、真帆先輩、下拂先輩、おはようございます」  ぱっちりとした大きな瞳に柔らかい微笑み、ショートボブの髪を揺らしながら、鐘撞さんは僕らに軽く頭を下げた。 「おはようございます、アオイちゃん!」  真帆は床に通学鞄を投げるように置くと、鐘撞さんのところまですぅーっと滑るように近づいて、 「春休みはどうでした?」 「……どうですかも何も、ずっと一緒だったじゃないですか」  呆れたように鐘撞さんがため息を吐く。  それも仕方のないことだ。短い春休みの間、僕と鐘撞さん、それから榎先輩の三人は真帆に付き合わされて、毎日のようにお花見やらなんやらであっちこっち連れまわされ続けたのだ。  遠く田舎の瀬良農園まで菜の花畑を見に行ったり(こっそり魔法に使う菜の花を採取する為)、芝桜やネモフィラの咲く丘に行ったり(これまたこっそりネモフィラを採取する為)、昨日だってわざわざチューリップ畑まで(やっぱりチューリップを採取しに)行っていたわけなのだから、春休みはどうでした? なんて訊く意味が解らない。 「ずっと一緒でしたけど、私が聞きたいのは、楽しかったかどうかってことです!」  ね、シモフツくん! とこちらに顔を向けて同意を求めてくる真帆だったけれど、内心僕としては、真帆に付き合わされる鐘撞さんが可哀そうでならなかったりしたりしなくもないこともない。 「あぁ、なるほど」と鐘撞さんは合点がいったように一つ頷き、「楽しかったですよ、意外と」  そう口にしてにっこりと微笑んでから、 「ただ、早朝からいきなり私の部屋の窓を叩きまくって、無理矢理引っ張って行ったのはさすがに勘弁してほしかったですけどねぇ!」  と怒り心頭といった様子で真帆の両ほっぺたを力いっぱいに摘まみ上げた。 「ひ、ひたひひたひ! ひたひれふよ~!」  暴れる真帆に、けれど鐘撞さんは手を離すことのないまま、 「今度からはちゃんと事前にお願いしますよ! 真帆先輩!」  昨年の夢魔の一件があった頃は真帆に対してどこか怖れを感じていた鐘撞さんだったけれど、この約一年の間にすっかり真帆に慣れてしまった(と言うより如何に真帆が自由奔放で、身勝手で、実は特に何も考えていないかってことを理解してしまった)らしく、結構ズバズバとモノを言ったりツッコんだりするようになっていた。  まぁ、端から見てもお互いにふざけ合ってるだけのようだし、問題ないだろう。  僕はそんなふたりを傍観しながらソファの上に鞄を置いて、自身もよっこらせ、と深く腰を沈めた。  まだまともに授業も始まっていないのにこれほど疲れているのは、もちろん春休みを楽しみ過ぎてその疲れがまだ残っているからに他ならない。  真帆に振り回された春休みだったけれど、結果楽しかったのだから、まぁ良いだろう。 「なんだなんだ、また何かやらかしたのか、楸」  声がして振り向けば、部室の入り口に井口先生が立っていた。その傍らには初めて見る小柄な女の子(真帆も背が低い方だけど、さらに低く見える)の姿があって、どこか緊張した面持ちで真帆と鐘撞さんの様子を窺っている。  こげ茶色の髪をツインテール?にしたその姿はとても幼く、実は小学生と言われても僕は信じてしまうだろう。あどけない顔立ちがまた「本当に高校生?」と疑ってしまいそうになるうえ、華奢な身体があまりにも弱々しい。真帆や鐘撞さんが制服を着ているのに対し、この子に関しては制服に着せてもらっているような印象を受けた。 「ち、ちはいまふほ~! わらひははらはほひはんのはふはふひをはほひふひほーほ……!」 「いや、何言ってんのかさっぱりわからん」  それから井口先生はその小柄な女の子に顔を向けて、 「すまないな、ただじゃれ合ってるだけだ。すぐに慣れる」 「は、はぁ……?」  か細い声で、女の子は不安げに井口先生を軽く見上げた。  そんな女の子を見て、ようやく鐘撞さんの指から解放された真帆が、赤くなった自身のほっぺたをすりすりさすりながら、 「もしかして、この方ですか? 例の魔法使いの女の子って」 「あぁ、そうだ」  井口先生はこくりと頷き、 「新入生の肥田木つむぎだ。まだまだ魔女見習い中の身だが、よくしてやってくれ」  はい、自己紹介、と軽く背中を押されるようにして、肥田木さんはおずおずと僕らの前に歩み出てくると、 「……ひ、肥田木つむぎです。よ、よろしくお願いします……!」  身を縮こまらせながら、小さな声で頭をぺこりと下げてみせた。  それに倣って、僕も軽く頭を下げつつ、 「僕は下拂優。よろしくね」 「私は鐘撞葵です。こちらこそ、よろしくお願いしますね」  優しく微笑む鐘撞さんに対して、真帆の方はというと。 「――可愛い、可愛いじゃないですか、肥田木さん! いえ、つむぎちゃん! まるで、まるでモルモットみたいです!」  そんな真帆の様子に、僕は『モルモット』という単語が『実験動物』に聞こえてならなかった。
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