第2章 保健室の魔女

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第2章 保健室の魔女

   1  あっという間に時間は過ぎていく。つい先日進級したかと思ったら、気が付くと一か月ほどの時が流れていた。明後日からはゴールデンウィークを控えており、真帆はすでに春休みのときのように僕たちを引き連れて、あっちやこっちやお出かけする算段を立てていた。こちらの予定などお構いなしである。一応、名目上は『魔女力アップの為の部活動』らしい。  とはいえ、春休み中の『おでかけ』とは違って一応、『魔法研究部』としての活動の一環ということで、そのお目付け役として井口先生も僕たちの行動に付き合うことになっている。 「放っておくと何しでかすかわからないからな」  真帆の計画を耳にして、井口先生は溜息交じりに肩を落としたのだった。  ちなみにこの計画には現在大学に通っている榎先輩も誘っており、四人の魔女見習い(真帆、鐘撞さん、榎先輩、肥田木さん)と、残念ながら一般人である僕ひとりの総勢五人の生徒(&元生徒)を井口先生がしっかり見張っていなくてはならないということになる。  なにしろ真帆のやることである。どうかすれば、井口先生ひとりでは手に余ってしまうことになるだろう。実際、一年生の時に榎先輩のお祖父さんの遺産を探していた時、そして昨年の、真帆の中に眠る夢魔が暴れ出した時、そこには常に、井口先生とともに僕らを助けてくれた人物がいた。  (はんどう)アリスさんという、身も心も真っ白な大人の魔女である。  常にロリータ服に身を包み、優しげな微笑みを浮かべながら、真帆や僕のみならず井口先生をも助けてくれる頼れる存在、それがアリスさんだ。  今回の真帆の計画にももちろんアリスさんも含まれていたが、どうやら全魔協からの依頼で都合がつかないらしく、 「ごめんなさいね、本当は私もぜひ参加したかったのだけれど……」  と申し訳なさそうに断られてしまった。  そうなると井口先生ひとりで僕らの面倒を見なければならなくなってしまったのか、といえば実はそうでもなかった。  今年から新しく赴任してきた保健室の先生(正確には先生ではないらしいのだけれど、そこはあまり重要ではない)――乙守綾先生が参加することになったのだ。  ちなみに真帆たちが『魔女』であることは基本的には秘密である。知っている者もそれなりにいるが、多くの人々にとって『魔女』とは想像の産物であり、おとぎ話にのみ登場する存在なのだ。基本的には秘密、というのは、なるべく秘密にしていろ、ということであり、これまでの魔女の歴史的に迫害されていた時期もあって、あまり世間と密接にかかわらないようにしているのだとかなんとか。まぁ、実際のところは僕にもわからない。  とにかく、そういうことだから、当然の如く乙守先生は真帆たちが魔女であることを知っているし、のみならず、乙守先生もまたその正体は魔女なのだった。  見た目はゆるふわ系の可愛らしい大人の女性。茶色く長い髪はウェーブがかって胸のあたりまで流れており、細めの眉に大きめの瞳、すっとした鼻立ちはとても美しく、その口元にはアリスさんにも引けを取らないくらい優しげな微笑みを湛えており、学校中の男子だけでなく女子たちからもその人気は高かった。  かくいう自分も気が付くと彼女のもと――保健室をたびたび訪れるようになったのは、何も乙守先生が目当てというわけではない、と一応言っておく。昨年まで入り浸っていたカウンセラー室の先生が変わってどうにもその先生と相性が悪く、はてさてどこに行ったものかと悩んでいたところに、たまたま体育の授業で負傷して訪れた保健室で彼女と談笑。気付くとそのままここに入り浸るようになっていた、という程度の理由である。  今日も今日とてがらりと保健室のドアを開けると見知らぬ先客たち――ひとりの男子とふたりの女子――がたむろして乙守先生と談笑などしていたが、彼女は僕の姿に気づくとその生徒たちに向かってひらひらと軽く手を振り、 「あ、ほらほら、そろそろ次の授業が始まるわよ、早く行きなさいな」  と笑いながら口にした。  生徒たちも素直にそれに従い、「じゃーねぇ、あやちゃん!」「またあとでね~」などと言いながら保健室から流れるように出ていった。  あとに残されたのは、僕と乙守先生のふたりきり。  次いでスピーカーから授業開始のチャイムが流れる。  キンコンカンコーン―― 「なぁに? またサボり?」  ふふっと口元に笑みを浮かべながら、乙守先生は自身の耳たぶを軽く弾いた。どうやら乙守先生の癖らしい。その度に揺れる五芒星のイヤリングがキラキラ光って何だか綺麗だ。 「内申点とか大丈夫? 今年は受験でしょ?」 「大丈夫です。井口先生の授業なんで、何とかしてくれますよ」 「なぁに、それ。ずるいわね」  乙守先生はくすくすと笑ってから、 「――紅茶でも飲む?」 「はい、いただきます」  真帆や鐘撞さんたちと違って僕は一般人であるということは先ほど述べた。そんな一般人が普段から魔女――正確には魔女修行中の魔女見習い――と行動を共にしているのだから、その大変さたるや想像してみて欲しい。僕にも心の休息というものが必要なのだ。そしてそんな彼女らとの付き合いでついつい口にしたくなる愚痴は、やっぱり彼女たちと同じ魔女にしか言えないことなのである。  井口先生は正直どこかあてにならないような印象があるし、一番頼りがいのあるアリスさんには当然魔女としての仕事があるらしいから、そうそう愚痴りに行くわけにもいかない。  そんなわけで、僕は週に一、二回、井口先生の許可をちゃんと得たうえでガス抜きの為に、魔女である乙守先生のいる保健室を訪れるようになったというわけである。
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