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「退屈だ」
ムラタ商店の前にあるベンチに座ってアメリカンドックを齧っていると、隣で旧友の友平がそうぼやいた。
空には雲一つなく、暖かい春の日差しが優しくぼくらのことを照らしている。
相も変わらず、いつもの日常。
「なんか起きねぇかな、おもしろいこと」
譫言みたいに友平が言う。
「なにも起きないよ」とぼくは言った。
少なくともこの町にいる限りは。
ぼくらの住む町に楽しいことはなにもない。そもそも建物よりも緑の方が多いような町なのだ、この町は。
絵に描いたような田舎、それがぼくらの生まれた場所。
もちろんコンビニだってないので、春休み中盤の麗らかな昼下がりでも、町で唯一コンビニっぽいことをやっているムラタ商店という名の酒屋の前で、アメリカンドックをスプライトで流し込むくらいしかやることがない。
「あの人も今日出て行っちまうんだろ?」と友平。
「あの人って?」
「咲楽先輩」
「ああ……今日だったね」
渡辺咲楽先輩。
ぼくらの所属する美化委員会で委員長を務めていた一つ上の女子生徒で、今日、県外の大学へ進学するために町を出ていく。一人暮らしを始めるんだそうだ。
「つまんなくなるな、学校も」
「まだ一年の付き合いじゃないか」
ぼくも友平も美化委員になったのは今年度からだ。それ以前は咲楽先輩と面識はない。
「別れを惜しむには短い期間だと思うけど」
「ばか、長さじゃねぇよ。人付き合いってのは濃さだ、濃さ」
友平が食べかけのアメリカンドックをこちらに向けてくる。
「確かに濃かったね。この一年は」
咲楽先輩との一年を噛み締めるようにぼくは言った。
本当に、破天荒な人だったのだ。
咲楽先輩との記憶はちょっとやそっとじゃ忘れられそうにない。
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