Shining Days

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 七月の中旬。  期末テストが終わり午前授業へと日常が切り替わった日の放課後に、学校は黄色く染め上がった。 「なんだ、これ」    校舎をでると、微かな風を受けて柔らかく揺れている瑞々しい向日葵が、見渡す限りどこまでも広がっていたのだ。  ぼくらが手を加えた花壇だけではない。太陽に向かい凛と顔を上げている向日葵の刺さったプランターが、いたるところに置かれている。 「見事だろう?」  昇降口の前で立ち尽くしていたぼくと友平に声が掛けられる。  咲楽先輩だった。 「どうしたんですか、これ」  近くにあったプランターを指してぼくは訊いた。 「花壇だけじゃ埋め尽くすことはできないからな。こっそり家で育てていたのを先程運び込んだ」  聞けば、咲楽先輩は朝から授業をさぼってひたすら家と学校の往復をしていたらしい。学校を黄色く染め上げるために。 「こっそり育てたって量じゃないでしょ」  溜息でもつくみたいに友平は言う。頷くことでぼくも賛同した。 「この二か月、だいぶ両親にはウザがられたよ。学校の前に私の家の庭が黄色で埋め尽くされていた。『邪魔だからどうにかしろ』と何度言われたことか」  得意げに咲楽先輩は腕を組む。    ……いや、そういうことじゃなくて。  熱量に、圧倒されていた。  ぼくは最初「学校を花で埋め尽くす」という言葉を信じていなかった。  ふざけて言っていると思っていたのだ。たしかに学校中の花壇に種は植えたけど、そのくらいじゃ「埋め尽くす」とは言わないだろう、と。    でも、実際に咲楽先輩はそれをやってのけた。  学校を、初夏の黄色で埋め尽くしてみせた。 「どうして、ここまでできるんですか?」  気づけば、ぼくはそう訊いていた。  種を植えてからは、美化委員として週に二回、割り振られた向日葵の世話当番をぼくもしていた。でも、ぼくはそれすらも若干面倒くさかったので、花壇とは別に家で向日葵を育てようなんて発想にはたぶん一生かかっても辿り着けない。仮に辿り着いたとしても、やろうとは思えない。 「私がそうしたかったからだよ」  なんでもないような声で咲楽先輩が答えてくる。 「小田島二年生、いいことを教えてやる。悔いのない人生というのは楽しい人生のことだ。そして楽しい人生というのは、やると決めたことを最後までやりきる人生のこと。そこを勘違いするんじゃないぞ」  ぼくの肩に咲楽先輩が手を置いた。 「勘違い?」 「ああ。楽しい人生とは『やりたいことをやっている人生』であると勘違いしているやつがあまりにも多いからな。君は気をつけろ。やりたいことをいくらやったところで、最後までやりきらない限りはなんの達成感も得られはしない」    ぼくらの横を何人もの生徒が通り過ぎていった。みんなが目に飛び込んでくる向日葵にまずは息を呑み、少し間を開けてから、ワイワイとはしゃぎだしていた。    楽しい、人生。 「我々はまだ若い。持ち合わせているのは『希望』と『可能性』だけだ。楽しくいこう、小田島二年生」  そう言うと、学校を埋め尽くしているどの向日葵よりも晴れやかに咲楽先輩は笑った。    向日葵はひと夏の間咲き続けた。
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