Shining Days

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 冬の足跡が聞こえ始めてきたある日。  帰路に着くべく昇降口を出ると、校舎の裏に入っていく咲楽先輩の背中が見えた。 「先に帰ってて」  友平にそう伝え、咲楽先輩を追いかける。  校舎を囲むフェンスの(きわ)のところまで行くと、咲楽先輩は立ち止まった。  その目の前にはこじまんりとした花壇がある。    こんなところにも花壇があったんだな、と思い近づくと、 「やあ、小田島二年生」  咲楽先輩が振り返った。 「なにしてるんですか?」とぼくは訊いた。 「これをもう一度見ておこうと思ってね。ボチボチ見納めだ」  咲楽先輩が花壇を示す。  そこには青色の薔薇たちが細々と咲いていた。見るからに枯れてしまっているものもある。 「ブルーローズ」  強く、芯のある声が響いた。 「青色の薔薇はね、ずっと実現不可能と言われていたんだそうだ。でも色んな研究者が努力を重ねて品種の改良に成功し、今に至る。その背景から『不可能はない』や『夢は叶う』という素敵な花言葉を持つ花なんだよ、こいつは」  そう言うと咲楽先輩はしゃがんで、愛おしそうに手近にあった花弁を見つめた。 「綺麗な花ですね」とぼくは言った。 「去年植えたんだ。他の美化委員には内緒でね」 「今年みたいに委員総出で育てたりしなかったんですか?」 「しなかったよ。いや、できなかったんだ。去年までの美化委員はろくに活動をしていなかったからね。向日葵を植える前の花壇はひどかっただろう?」 「それは、思いました」 「『学校を花で埋め尽くす』というのは私の夢だった。そんな可憐な校舎の姿を見てみたかったんだ。でも、去年まではそれができなかった。私は三年間美化委員に身を置いているのだけれど、やはり、組織では年長者が方針を決めてしまうからね。だから三年に上がったら絶対に実現してやろうと心に決めていた」  伸びをしながら咲楽先輩は立ち上がる。 「この花は、私の決意の証なんだ」    未来に向けて「不可能はない」という意味を持つ花を育てていた去年の咲楽先輩を想像する。来て欲しい未来を掴むために、土を掘っている咲楽先輩の背中を想像する。    なんでそんなに前向きになれるんだ、と思った。    それが、咲楽先輩が言うところの「楽しい人生」なのだろうか。  だとしたら、ぼくにはいまいち理解できない。    だって、こんなつまらない町に生まれて、大した個性も持ち合わせてもいないぼくが、どうすればそんな人生を送れるというのだ。 「小田島二年生、君たちには本当に感謝しているよ。君たちがいてくれたから、私はこの一年間を楽しく過ごすことができた」  咲楽先輩がぼくの胸を軽く小突いた。 「ありがとう」    あなたは、眩しすぎる。ぼくにないものを全部持ってる。  ぼくもこの一年間は楽しかった。でもそれは、ぼくが「楽しい人生」を送れたからではない。咲楽先輩が「自分の楽しい人生」にぼくを巻き込んでくれたからだ。  ぼくがこれからも楽しく生きていくことができるとしたら……。 「あの、」  と言ってぼくは口を閉ざした。    言葉にすることは、やっぱりぼくには怖かった。
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