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駅に着いたのは二時四十分だった。
田舎の駅だ。ホームと無人の改札しかない。誰かいればすぐにわかる。
咲楽先輩はいなかった。当然だ。乗車予定の電車はもう出てしまっている。
とぼとぼと改札の近くまで歩いていく。
改札越しに、咲楽先輩が立っていただろうホームを眺める。
「咲楽先輩っ」
いつしか、ぼくは叫んでいた。
「たぶんぼくっ、あなたのことが好きでしたっ!」
体を九の字にして。
必死に、声を絞り出して。
「咲楽先輩と会ってからは本当に毎日楽しかったっ」
この声はもう届かない。
ぼくの気持ちを、咲楽先輩が知ることはない。言葉にするのが遅すぎたのだ。
「向日葵を植えたのも、部活対抗リレーも、『アオハル生け花教室』も、他にもいっぱいっ」
でも――。
「これからも一緒にいたいです。色んな『楽しい』をもっと教えて欲しい」
やるかやらないかだ。友平の言葉が頭の中でこだまする。
届くかどうかではない。ぼくが届けたいと思っているかどうかだ。
最後まで、やりきる覚悟をぼくが持っているかどうかだけ。
「あなたと出会えて本当によかったっ。ありがとうございましたっ!」
そうして、息を乱したぼくは呆然と立ち尽くした。
少ない通行人が気の毒な目をぼくに向けていた。
「随分と青臭いことをするじゃないか」
不意に横から声が飛んでくる。
「さくら……せん、ぱい」
「少々準備がごたついてな。一つ後の電車で行くことにしたんだ」
引きずっているスーツケースをはたいて、咲楽先輩は言う。
「そう、だったんですね」
恥ずかしさが全身の毛穴から出ているような気分だった。
どこから聞かれていたのだろうか。
まさか、最初から?
いや、ぼくは咲楽先輩に知ってほしくて想いを叫んでいたのだ。よかったじゃないか。本人に届いて。恥ずかしいけど。逃げ出したいくらい恥ずかしいけど!
「君の気持ちはちゃんと受け取った」
そう言って咲楽先輩は木漏れ日のような笑みを浮かべる。
「楽しい人生を送れよ。やりたいことを見つけて、完膚なきまでにやり抜いてやれ」
そして、いつかのようにぼくはまた、拳で胸を小突かれた。
「最後に一ついいか」
ほんのわずかの不安を浮かべたまっすぐな瞳がぼくに向けられる。
「美化委員に入ってよかったか? 小田島二年生」
「はいっ」
ぼくは即答した。
だって、そのおかげでぼくは――。
「――世界が広がりました」
「そうか。それはよかった」
咲楽先輩が歩き出す。改札を抜けてホームの中に入っていく。
「本当にありがとうございましたっ!」
ぼくが叫ぶと、咲楽先輩は前を向いたまま、右手を上げてそれに応えた。
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