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さわやか商店街→長治郎川
さわやか商店街を抜けたボクは、駅には向かわずに線路沿いの道を進んだ。それから市内を流れる長治郎川の堤防を上った。ここは、春になると桜とタンポポでいっぱいになる。もう何年も前のことだけど、パパがお兄ちゃんとボクを連れてきてくれたんだ。
あのときピンク色に染まった桜並木は、もう緑色に衣替えして、足元の遊歩道に大きな影を落としている。
「あら。ケンジちゃんじゃないの」
「あっ、ユリエおばさん!」
木陰から、細長い顔がヒョイと覗いた。名前の通り、真っ白な百合を思わせる上品な立ち姿。彼女は細い首を傾げて、ボクを見下ろしている。
「あんた、なにぶら下げているの」
「これ? お兄ちゃんの体操着。学校まで届けるんだよ」
「あらまあ。世話の焼けること」
「いいの。ボク、ヒマだから」
ユリエおばさんは、まあるい目を呆れたように細めて笑う。
「それにしても……毎日暑いわねぇ」
「うん。だから、もうすぐ夏休みになるんだって」
「……なんの話?」
「お兄ちゃんが言ってたんだ。『夏は暑くて勉強出来ないから、学校がお休みになる』んだって。夏休みになったら、ボク、いっぱい遊んでもらうんだ」
「それじゃあ、この辺りの川も賑やかになるのかしらね……」
「うーん。パパは、川に入っちゃダメって言っていたよ。『長治郎川は流れが速いから危ない』って」
「場所に寄るわよ。まぁ、あたしとしては、小うるさい人達が来ない方が有難いんだけど」
白い腕をヒラヒラ振って、ユリエおばさんは小虫を払うような仕種を見せた。
「ふうん。それじゃあ、ボク、行くね」
「あたしも仕事に戻るわ」
スッと姿勢を正すと、彼女はバサリ、優雅に身を翻した。
サラサラと水音を聞きながら、遊歩道を掛けていく。水色の空を白い雲がゆっくりと泳ぐ。お兄ちゃんは、夏休みになったら毎日遊ぼうね、って言ってくれた。楽しみだな。あと何回眠ったら、夏休みが始まるのかなぁ。
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