空に手を伸ばして

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私は今、この街で一番高い場所、一番空に近い場所にいる。 それは君と来たかった、夏の緑が映えている小高い山の頂上。 君はどんなにツラくても痛くても、決して私には涙を見せなかった。だから、私も君の前では泣かないと決めた。 ある日、病院の屋上に行きたいと君は言った。看護師さんと私で君を屋上に車椅子で連れて行くと、君は私の手をギュッと握りしめた。 前に繋いだ時よりもずっと細くなった君の指。私は悪いことが頭に浮かんで涙が溢れそうだったけど、空を見上げて誤魔化した。 その偶然見上げた空は、雲がほとんど無い綺麗なスカイブルーで、私の悪い思考を浄化してくれた。 …この空の下で僕は生きていた。 君はぼそりと言った。 生きていた、じゃなくて生きていくでしょ。 私が指摘すると、君は私に振り向いて微笑んだ。 …この空を忘れないで。そうすれば、空がある限り僕は君の中にずっと生きていられる。 何よそれ。そんな言い方したらまるで…。 私は言葉を詰まらせた。 …自分のことは自分がよく分かっているよ。あの空のように掴みたくても掴めないものはいっぱいある。 掴めないもの? …うん。君もその1つだよ。 私はここにいるよ。 …うん。ほんとはこの先もずっとずっと君のことを掴んでいたい。…君とこうして手を握っていたい。 なら、そうしてよ…。 私は涙が止まらなかった。 …ねぇ、僕には力がなくて…。このまま僕の手を空に向かって伸ばしてくれないかい。 私は握りしめた君の手をゆっくりと空に向かって伸ばした。 …やっぱり空は遠いな。こんだけ高い所にいるのにまだ全然届かないや。 もっともっと高い所いっぱいあるよ。例えば…あの山とか! 私は目に入る中で1番高い山を指差した。 …そうだね。あの山に行けばもっと空に近くなるのか。…行きたいな。 君は最後の言葉を私に聞こえないように小さく呟いたけど、私にはちゃんと聞こえてたんだよ。 行こうよ。あの山に。 …え?む、無理だよ、僕こんなだし。 だから絶対治してよ。私いつまでだって待ってるから。 …うん。君とあの山に行きたい。僕頑張るよ。もう泣かないよ。 私も泣かないよ。あの山に一緒に登っている姿、しっかりと私には見えるもん。 私がそう言うと、君は私に振り向いて最高の笑顔で頷いたね。 そして、その3日後…君は先に空に旅立ったんだ。 私は君に約束した。もう泣かないって。でも、やっぱりそれは難しかった。 君が息を引き取った日。 君のお葬式の日。 その日はもう身体中の水分が無くなるくらい泣き続けたんだ。 もう泣かない。空の上にいる君が心配しちゃうから。 だけど、だけどあと一回だけ許してほしい。それは、君とあの日に約束したこの街で1番空に近い場所、あの山の頂上に君と登った時。 そう、私は笑っている君の写真を首から下げて、この山を登ってきた。君の表情、君の声、君の体温、君と過ごした日々を1つ1つ思い返しながら一歩一歩を踏みしめて登ってきた。 順番に記憶を辿り、病院の屋上で空を見たあの日に辿り着いた時、山の頂上を踏みしめた。 …着いたよ。ちゃんと一緒に登れたね。 神様は本当にいるんだろう。ちゃんとこの日の空をあの日と同じ綺麗なスカイブルーにしてくれた。 …あ、でも神様は君を私から奪っていったとも言えるか。 私はそう呟きながら首に掛けていた写真を外し、写真の君を見つめた。 良い笑顔してるなぁ。 私は写真に微笑み掛けながら静かに涙を流した。そして、両手で写真を持ちそのまま空に向かって両手を高く上げた。 空に1番近い場所。 …ほんとは生きている君と来たかったよ。 今、君は空より高い所から私を見ているのかな。そっちの景色はどう?私の景色は最高だよ。 上からと下から…見る方向は違っても同じ空。この空を見上げる限り、ずっと君と繋がっている。 そう。だから、今日を最後に君のことで泣くことは止めるね。 私はゆっくりと両手を下ろした。そして今度は頂上から下界を見下ろして大きく深呼吸した。 美しい緑の木々の先に、豆粒のような街が広がって見えた。 私はこの街で君の分も生きていく。ううん、君と一緒に生きていく。 …ありがとう。 え? 空から君の声が聞こえた気がした。 ー fin ー
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