4 癒しの薬-2

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4 癒しの薬-2

 押し流し、同時に生命(いのち)溢れる力を満たす。大枠で見れば問題のない力の流れ。  けれど、その急激な変化に全体の流れが噛み合わず、綻びが生まれる。 「シャルプ」  特に、管理外の流れにしわ寄せがいっている。 「っえ? あ! はい!」  はっとした顔を向けられるが、ギニスタの視線はその力の滞った場所から離れない。 「少し、流れが乱れてるが」  どこまで口を挟んで良いものかと、逡巡しながら指摘する。 「え?」  しかし、シャルプには伝わらなかったようだった。  疑問が顔に浮かび、たちまち困惑と不安に変わる。 「え、あのボク、何か間違えて」 (マズい)  使い手(シャルプ)の精神が揺れ、この一帯に広がっていた力も揺らぐ。  強大で広範囲に及ぶこれが弾けたら、何が起こるか。 「っ……落ち着け、間違えてはいない。大丈夫だ」  慌ててシャルプに向き直り、その顔を見上げる。 「その、ボク、変な事やっちゃって……?」 「ない。ないから大丈夫だ」  波立つ力を肌で感じる。なんとかこれを抑えなければ。 「ほんと……? でも」 「大丈夫だから。落ち着いて、一回落ち着いて周りの流れを整えて」  屈み始めたその脚に手を添え、自分もなるべくなだらかな声を出す。 「アタシの言い方が悪かった。少し気になった所があったんだよ。けど、お前のやり方が間違ってる訳じゃない」 「……?」 「だからそこは堂々としてろ。ほら、流れをもう一度整えて」  今ひとつ分からない。  そんな感情が加わった表情になるシャルプ。 「整えてそっからだ。ほら」 「……ふぅ、んむ……?」  不安はだいぶ薄れたのか、ギニスタから再び大地に意識を向ける。  瞬く間に、停滞し膨張しかけていた力が元に戻っていく。けれど、その戻し方もやや強引に見えた。  やはり、細かい部分をあまり気にしていない。 「……シャルプ。君のやり方は間違ってはいない。その上での、これはアタシの注文だ」 「ぅ……はい」 「もう少し、細部の繋ぎ方に目を向けてくれないか。後、外との流れの関係も見て欲しい」 「そと」  どうすれば上手く説明出来るかと、頭を捻ったギニスタの頭上で、 「ほぁ」  奇声が聞こえ、そこから流れが一気に変わる。 (……!)  今までの動きに、精密さと繊細さが加わった。  途切れ、凝っていたものが組み直されていく。糸を縒り合わせるようにして、元の清浄な流れを作り出す。 「こういう事ですね!」 「っ……あ、あぁ」 (あんな言葉で、ここまで)  穢れは消え去り、生命(いのち)満ちる流れが今度こそ行き渡る。  倒木や枯れ草の間から新たな命が芽吹き、成長し、谷間の森は元の姿を取り戻した。 「なるほどこうするべきだったんですね! そこまで見れてなかったです」 「いや……」 「やっぱり師匠は凄いなぁ」  尊敬の眼差し。感嘆の声。 (……凄いのは、君だろう?)  助言とも言えない一言で、言わんとした事以上を成した。  しかも、『主』の力も殆ど借り受けず、自身の力のみで、それを。 「……あの……」  膨大な力、その才覚。目を見張るなんてものではない。 (そうだ。そもそもこの子は、最初少し緊張していた) 「どうでした……? あんまり、出来は良くなかった…………?」  ならば、そのせいで細部まで気を回せなかった?  自分がこの子の足を引っ張ったのではないか。 「…………ししょう…………?」 「……えっ、あ」  気付けば、また不安の色が濃い表情で覗き込まれていた。 「ボク……」 「いやっ出来てたぞ。出来てたから。アタシが言った所もすぐ、言った以上に仕上げたからな!」  途端、パアッと顔が明るくなる。 (このやりとり必要か……?)  自分からの評価など、何のためになるのだろう。  そう思うギニスタだが、シャルプはなんとも嬉しそうに、自分の頬を両手で包む。 「ぇへへへ」  何がそんなに嬉しいのか。  自分の言葉に一喜一憂するシャルプを、ギニスタはいまいち掴めない。 (君の頭の中はどうなってるんだ……?) 「師匠、あの」 「え?」 「また、っ!」  ふにゃりと崩れていた顔が、一気に険しくなった。 「へ?」  そのまま無言で立ち上がり、後ろを向く。  檸檬色の髪がさらりと揺れた。 「……?」  その眇められた視線の先を、ギニスタも追う。  瑞々しい緑の中に、妖精(かれら)が幾らか揺蕩っていた。 (ああ、戻ってきたのか)  妖精達は、浄化された土や生き返った幹を撫でている。  そしてチラチラとこちらを伺う様子と、 「……あいつら」  シャルプの呟きから察するに、また自分に対して何か言ったのだろうと、ギニスタは当たりをつける。 (アタシに聞かせるなら兎も角、シャルプに聞かせてどうするんだ) 「何かあったか?」 「…………いえ、師匠が気にする事じゃありません」  そう言うが、依然その表情は厳しく、見る者を凍りつかせそうな空気を纏う。 「でも、ちょっと」  そちらに一歩踏み出すシャルプに、彼らは微かに喜色を見せた。 「言って聞かせたい事が」  けれど、二歩目で波が引くように怯えに変わり、まだ何もしてないだろうにその場で固まってしまう。 「シャルプ」 「はい」 「それは君の事か? それともアタシの事か?」  シャルプの足が止まる。 「アタシの事なら気にするな」 「……」  とてもゆっくりと、未練がましくも見える動きで向き直る。  その顔は、不満げにむくれていた。 「気にするな。アタシには何も聞こえちゃいない」 「……でも」 「気にするな」  むくれたまま逡巡し、だいぶ経ってからその肩が落ちた。 「……むぅ……師匠は、優しいから……」 「そういう訳でもないんだが」  そもそもそういう話でもないだろう。  幼子の小さい肩が竦められる。 「む……師匠は優しいですぅ!」 「?!」 「優しい師匠がいるからボクがいるんです! 優しくないとボクはいないんですぅ!!」  地団駄を踏む勢いで言うシャルプ。  幼い部分も残っているものだと、ギニスタの気が何となく抜けた。 「……あーうん、そうか」 「分かってくれない!」  ころころと表情も感情も変わるシャルプを、やっぱり良く分からないと、ギニスタは思い直した。  ◇◇◇◇◇  死にかけていたシャルプを助けたのは主であって、自分はそこから任されただけだ。  ギニスタは十五年前の死の間際、そう結論付けた。
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