7 シャルプの過去-1

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7 シャルプの過去-1

「シャルプ」 「はい、師匠」 「……やっぱりきちんと話し合おう」  ギニスタはこの前のように腕を組み、対面に座るシャルプに言った。  シャルプは膝に手を置き、姿勢を正す。 「何のですか?」 「……アタシをこう(・・)までして助けてくれた事には、……感謝しているし、師匠と言ってまで慕ってくれるのは嬉しいが」  そこでギニスタは声を低め。 「このままでは、山への悪影響にしかならない」  諭すように言葉を落とす。  対するシャルプは、僅かに眉を歪め、むくれたような顔付きになった。 「……山の者達が、師匠を侮辱するから……」 「しかしな。管理者であるお前の手をアタシが煩わせている事は確かで──」 「そんな事言わないで下さい!」 「ッ?!」  遮るように叫ばれ、ギニスタは瞠目する。 「煩わすとか、……煩わすなんて……」  目の前の顔が伏せられ、檸檬の髪がさらりと揺れる。同色の睫で見えなくなった瞳は、その一瞬前には潤んでいるように見えた。 「ボクの方がそうだもん……あなたに助けられたのに……」 「それは、でも十五年も前の事だろう。それに……」  次の言葉が舌に乗り、 「アタシはそんなに、悪い気はしなかったよ」  滑り落ちてから、思わず口を閉じた。  あの時の事をまさかそう思っているとは、自分でも分かっていなかったのだ。 「おんなじです。ボクだってそうです、ボクの方がそうです! ていうか!」  顔が勢いよく上げられる。 「ボクは十五年待ってたんですよ!」 (なんだそれは)  今度は言う前に止められたと、ギニスタは少し安心する。何故なら、 「十五年ですよ! ずっと!」  青と金の瞳から、今にも涙が零れ落ちそうになっていたからだ。 「あなたに! その目を開けて、ボクを映して貰うために! その声を聞くために! ボク頑張ったんですよ!」 (そこが、なんともなぁ)  いま一つ分からないのだと、ギニスタの頭が無意識に傾ぐ。 「あ! なんでって思いましたね?!」 「あっいや」  ビシッと指をさされ、慌てて元の位置に戻った。 「もう! 師匠! ギニスタ師匠ぅ! なんで分かってくれないんですか!」 「いやだってな、その……」  何故か追い込まれる気になってくる。どうしてだ。  頭の片隅で首を捻りつつも、ギニスタは穏便な言葉を探す。 「ほら、そもそもアタシはもう【魔法使い】……じゃない、だろ? 対して、君は管理者であり【真の魔法使い】だ」  それにシャルプの動きが止まる。 「それにほら、君も記憶を取り戻したんだろう? 自分を取り戻した今、アタシにばかり構う事もないと」 「またそういう事言う!!」  今度は大きく振り仰ぎ、明るい黄色がどんどん乱れる。 (動作が激しいな……)  会話の内容のためだろうか。  そんな風に思うギニスタに、そのまま顔を両手で覆い、くぐもった声でシャルプが反論する。 「魔法も……この仕事も……あなたが居るからで……記憶なんて……取り戻したとか、別に……」  要らない。 「……」  それは、そうかも知れない。と、押し黙ったギニスタは、以前に視たシャルプの過去を思い返す。 (自分と他人の過去など、比べるものではないが)  あれは、そう理解していても非道いと言えた。  ◇◇◇◇◇  シャルプも“色混じり”であり、産まれた時から忌み子とされた。  瞳の上半分が鮮やかな青、下半分は輝く金色。  どちらか片方だけだったなら、それなりに良い人生が送れたかも知れない。  それなりに。何故なら、領主の妾の子だから。  けれど領主はそれ(・・)を棄てずに、隠し育てた。 『目は気色悪いが、それ以外の見目は良い』  我が子への愛情などなかった。  使えそう、とそれだけの考え。もし使えなくとも遊べるだろう、とも。  赤子の母親、己の妾を物として扱う彼は、赤子も同じ様に扱った。妾の方は、とうの昔に壊れていた。  そして赤子は、乳母ただ一人に育てられる。  『シャルプ』と名付けたのは乳母だったが、その辺りは本人にとってどうでも良い。  何と呼ばれようが変わらない。ここにいるのは二人だけだ。  填め込みの窓には外からも格子が付けられ、そこから見えるのは常緑樹の枝葉だけ。この階がそれなりに高い事だけは察せられた(・・・・・)。  扉にも外鍵が付けられ、恐らく二重になっている。見た事は無いがそうだろう(・・・・・・・・・・・・)と、シャルプは思った。  扉を開けた際に万が一、自分が隙間から外へ抜け出さないように。 『これ、よんでくれませんか』  それも特に気にしなかった。  シャルプには、それよりも夢中になっているものがあった。 『……あら、またこちらを?』  数ある玩具のうちの一つ。とびきり豪華な装飾絵本。 『はい!』  そこには【魔法使い】が描かれていた。  魔法で何でも出来る、優しく、強く素晴らしいひと。ただ「絵が綺麗」と好んでいたそれの、中身も好きになるのにそう時間はかからなかった。  それを眺めている時だけは、周りの全てが遠くなる。自分の魔法使いに会いに行ける。  ◇◇◇◇◇  産まれてから四年が過ぎた。  その頃になると、乳母は幼子に怯えを覚えるようになる。  流暢に言葉を操り、教えもしない読み書きが出来、計算が出来、なにより。 『? どうしたんですか?』  この状況を理解している。  そしてそれを受け入れている。 『顔色が……』  外に出ようとしないのは、興味が無いのではなく、出られない事を分かっているからだ。  父や母という『存在』を知っていても、自分にとっての父母について、一度も口にした事はない。 『……いえ、大丈夫ですよ』  そして時折、こちらを観察するように静かに見つめてくるその視線。 『……そうですか?』  災厄をもたらすと言われる『色混じり』の瞳が、自分を捉えるその恐怖。  四つとは思えない美貌と立ち居振る舞いと、その子供が持つ全てが異様に見えた。  シャルプにしてみれば、単に手の掛からない子供になろうとしていただけだった。  そんな話を聞いた領主は、面白い、と半分忘れていた我が子に会いに行く事にした。  凡そ四年越しの、シャルプにしてみれば初めての父との対面。そして、 『──』  それ(・・)を見た領主は言葉を失う。そののち、困惑が胸に広がった。  始めはその美しさに目がいった。そして声、言葉。  その子供は、上流階級の言葉遣いで挨拶をしてきた。  とても優雅に、ごく自然に礼をする。意味不明に整った動きを。  そしてその眼。二色の瞳は──浮かべられた笑顔の中、何の揺らぎも見られなかった。 『?』  首を傾げる動作さえ、空恐ろしく見え始める。  ──このまま生かしておけば、いずれ自分は殺される。  そんな思いすら抱いた。  今までの、今も重ねている自分の行いが、脳内を駆け巡る。その罪を罰するため、この子供はここに来たのではないか。 『……っ』  あの狂い女は、悪魔を堕として死んでいったのだ。領主は、目の前の色混じりに悟られぬよう歯噛みした。  シャルプの母親は、丁度一年前に死んでいた。バルコニーからの転落死だった。  頭から落ち、頭蓋が砕け、それは酷い有り様だったという。そんな彼女が落ちる前、こう呟いていたとメイドから聞いた。 『帰る』  と。  以前はあんなにも美しかったのに、なんという最期。その上、死んでからも煩わしいとは。  どこまでも理不尽にそんな思いを巡らせながら、領主は別邸を後にした。
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