6 魔法使いと子供

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6 魔法使いと子供

「だっ……その……」 「その?」  腕を組んで椅子に座る、赤と銀の髪を持つ子供。水色の目を細め、見据えるその先に。 「だって……全然こっち向いてくれないし……」  檸檬色の髪の大人が、膝を折って床に座っている。そして、その青と金の瞳は斜め下に逸らされていた。 「ボクまだ殆ど何も分からなかったし……あなたはもう消えそうだったし……」 「それで、結局何をした?」  うぐっと言葉に詰まり、その目は右へ左へゆらゆら動く。 「……正直に言いなさい。今すぐ!」 「っ……主の力を使ってあなたを戻そうとしました! けどそんなに上手くいきませんでした! 魂は留められたけど体は上手くいかなくて十五年かけてやっとここまで戻ったんですごめんなさい!」 「……………………は?」  子供になった魔法使いは目を瞬き。大人になった子供は泣きそうな顔でそっぽを向いた。  ◇◇◇  子供が拾った翠の石は、石ではなく主の樹液の結晶だった。  魔法使いが今まさに消えようとする中、追いついた子供はそれを投げつける。そうすることで結晶が生命(いのち)を吹き出し、主の力が戻ると理解していた。そして子供は、戻った力を借りて魔法使いをこちら(・・・)に戻そうとする。途中までは上手くいったのだ。 「入り込んだあなたをこっちに集めて、一所に一旦留めて……魂は自ら形を取り戻しましたけど、身体はどうにも、言うことを聞かなくて……」  ぶつぶつと、言い訳でもするように聞かされるそれ。 (循環するはずのものを故意に剥がし、その代償を喰らった痕跡も無し……)  魔法使いは、頭が痛くなってきた。 「色々聞きたくはあるが……何でそこまでやった?」 「ボクの力が足りなかったばっかり……え?」  きょとんとするその顔に、しかめっ面を向ける。 「何故、わざわざ介入したのかと聞いてるんだ。アタシはこうして生きているが、それがお前に何をもたらす?」 「え、何でって……あれ? 十五年して忘れちゃいました?」  きょとんとした顔で、頭を傾ける。  子供の時のままのその仕草は、成長した今でも違和感を覚えさせない。 (なんというか、恐ろしいな)  幼くなった眉根を寄せ、成長した顔を軽く睨んだ。 「生憎、アタシの記憶はその十五年前で止まってる。初めに見た時、お前が誰だか分からなかったくらいだ」 「ええ?!」  その言葉によほど衝撃を受けたのか、【真の管理者】は崩れるように床に伏した。 「そんな……ボクだって分かられてなかったなんて……」 「……」  本当はすぐ気付いたが、正直に言うのは癪な気がした。落ち込む背中を眺めながら、魔法使いは腕を組む。 「……で? 何が目的なんだ」  溜め息を吐き、子供の魔法使いは問いかけた。 「お前は今、この山の『管理者』だ。アタシと居た時より自由に動け、魔法だって使えるだろう?」 「あなたが居なくちゃ意味がない!」 「っ?!」  勢い付いて迫った顔に身を引きかけ、後ろに背もたれがある事を思い出す。ここは椅子の上だった。 「ちょ、ま」 「あなたが居なくちゃ、駄目なんです。ボクはあなたと居たい」  青と金が近くなり、慄く自分がそれに映った。 (なんだこの気迫は?! 十五年でこの子に何があった?!) 「ボク、言いましたよ。あなたに」  真剣な顔が迫る。幼い腕力では到底抑えられない。 「何を?!」 「弟子にして下さいって」  水色が見開かれ、その動きが止まり。 「…………はあ?!」  首を傾げた瞬間に、大きく傾いだ。 「は、うわ?!」 「!」  その小さな身体はふわりと浮かび、目の前の者の腕に収まる。 「危なかったー……」  なによりも大事なもののように抱かれ、子供の眉間に皺が寄る。 「……で? 落ちかけたアタシの何になりたいって?」 「弟子です!」  輝く笑顔を向けられ、今度はげんなりした声になる。 「アタシが君に何を教えるって言うんだ……」  もう殆ど力を無くした自分から。真の管理者に何をしろと言うのか。 「色々です! 生の声って大事ですから!」 「あっそう……」 「それにボクはあなたと居たいんです! だから問題ありません!」  意味が分からないが、追求してもより訳が分からなくなりそうだ。そんなことを思った。 「……じゃあ」  もうどうにでもなれと、そんな投げやりに発した言葉。 「例えば、何を教えて欲しい……?」  見上げる先で、二色の瞳が煌めいた。 「良いんですか?! あの、決めてたんです! 最初に聞くこと!」 「そうか。一応聞くが、それはなんだ?」 「名前です! あなたの名前を! 教えて下さい!」 「いや知ってるでしょ君」  移した情報の中に、管理者の名前も入ってる。  呆れながら言ったら、その頬が不満げに膨らんだ。 「良いじゃないですか! 直接聞いたって……十五年、待ったのに……」  その瞳が潤み出す。 「分かった言うから。言うから泣くな」  たちまちそれは笑顔に変わる。 (相当厄介な育ち方したぞ……)  空恐ろしいものを感じながら、子供は口を開いた。 「……ギニスタ。アタシの名前はギニスタだ」 「はい! 宜しくお願いしますギニスタ師匠!」 「ししょう」 「はい!」  ギニスタの視界いっぱいに広がる、満面の笑み。 (なんかどうでも良くなってきたな……)  身体が小さくなったためか。起き抜けで頭が回ってないか。あの時より随分肩の力が抜けていると、そんな感想を抱きつつ。 「……?」  何かを待っているようにこちらを伺うその顔に、首を捻った。 「今度は何」 「……んぅー……聞いてくれない……」  呟かれ、察する。 「ああ、君の名前は知ってるよ」  全て思い出したと聞いた記憶(それ)は、自身もあの場で知ったもの。 「そんな気はしてましたけど聞いて欲しいです」 「……」  額に手をやり、一度目を瞑って再度見上げる。 「……」  物欲しそうな目とぶつかる。 「……分かったよ……君の名前を教えてくれ」 「シャルプです!」 「うん、そうか……」  その元気さはどこから来る……とギニスタは力無く呟いた。
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