2 前管理者-2

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2 前管理者-2

「あったあった」  シャルプは軽く言ってしゃがみ込む。  庭からそう遠くない位置にあった木べらを拾い上げ、 「あー……ちょっと吸っちゃったかー……」  落ちていた場所の植物逹に目を向ける。付着した薬の効果を受けたらしく、植物達は癒しを超え、著しい成長を遂げていた。  なかでもアジュガやスカーレット・ピンパーネルなど、マシュマロほどの丈になっている。 「ごめんね。戻ってね」  申し訳無さそうに言って、シャルプはそれらに手をかざす。途端、葉はすぼまり茎は縮み、どれも元あっただろう大きさに戻った。 「久しぶりにやっちゃったな……」 (ちょっと、気がね。やっぱり嬉しくて)  苦笑いか照れ笑いか、頭をかきながら振り返る。こんなミス、それこそ十数年振りだ。 「怒られる……あ、でも、怒られるの久しぶり……」  目覚めた時のはまた別だ。だってあれは、まだ弟子にしてもらってない時だもの。 (嬉がっちゃだめ……でも……)  どうしても頬が上がる。目尻が下がる。あのひととまた暮らせる。そう思うだけで、霧の巻く庭が鮮やかに見えた。 「へへ…………ん?」  ギニスタ(あのひと)の周りに、奴らが集まっている。それを感じ取ったシャルプの表情は一転、氷のように冷たくなった。 「……懲りもせず」  その青と金が、眇められる。  ◇◇◇◇◇ 〈何故、未だに此処に居る?〉 〈もう仮の者でも無いっていうのに〉  透ける彼らは、ギニスタの頭上で輪になって、歌うように言葉を紡ぐ。 〈真の者は、お前ばかりを〉  段々と数が増え、その輪も二重三重になってゆく。 〈我らより〉  黒を基調にした仕立ての良い服を纏う子供と、それを中心にして巡る彼ら。  薄暗い森での煌めくその光景は、何かの儀式か夢物語のよう。 〈何にもならぬお前ばかり気にかける!〉  けれど聞こえる言葉の数々が、どう捉えようにもそんな幻想を壊すのだった。 (なんと言うか、思いが込められてるな)  腕組みをし、ギニスタはそんな事を考える。  今までの彼らを思い返す。今と同じに言葉を使い、感情も表していたが、それはどこか現実味が無かったのだ。  それこそ幻想とでも言うべきか、【妖精】や【精霊】と呼んでも差し支えない雰囲気を纏っていた。 (そもそも、彼らからアタシへ近付く事も稀だった)  なのに目覚めてから、これを含めて四回も。  わざわざ自分の元に足を運び、不満を口にし、現状を怒りと共に訴えてくる。 〈お前も分かっているだろう?〉 〈真の者は(われら)と共に在るべき──〉  そこで言葉は途切れ、彼らは皆一様に動きを止めた。否、止められた。 (あ) 「師匠!」  ギニスタが振り向くと、木べらを掲げながらこちらへ来るシャルプが見えた。  ◇◇◇◇◇ 「見つけました!」 「そうか、良かった。……何か問題は?」 「ちょっと草が伸びちゃいましたけど、戻しました!」 (…………。本当に、そういう事をさらっとやるんだからな……)  吐いてしまいそうな溜め息を飲み込み、ギニスタは頭上を示す。 「こっちも、戻してやってくれないか」  シャルプによって固定された彼らは、呻く事も出来ずにいる。ただ顔は僅かに動かせる──それが赦されているらしく、悲壮感と怯えの色を見せていた。 「えー……」  やる気のない声を出し、シャルプは口を尖らせる。 「あなたに酷い事言うのに」  彼らの指摘は、言い方はあれだが特に間違いでもない、とギニスタは思っている。  しかしそれを言うと、シャルプは彼らを解放するどころか、さらに締め上げる。前回がそうだった。  なので別のやり方をしよう。 「いつまでもこのままにしておけないだろう。仕事にも行かなきゃいけないし、アタシにそれを見せるんだろう?」  その言葉に二色の瞳が見開かれ、花が咲いたような笑顔に変わる。 「見てくれるんですか?!」 「ああ」  頷くギニスタに、シャルプの表情はさらに華やいだ。 「だから彼らを──」 「はい! ……もう良いよ、君達」  冷たい一瞥を投げられた妖精(かれら)の身体は、その一拍後に自由を取り戻す。 〈っ……!〉 〈……あぁ……まこ、との〉 「良いから早くどっか行って?」  冷笑を向けられ、彼らの表情がまた強張る。  一所に集まり、暫し惑うように視線を交わし、 「ねえ」  重く冷たい声を発せられ、霧に溶けていった。 「……」  一連の光景に、頭痛が起きそうなギニスタだった。 (管理者と彼らの繋がりは、絶えるものではない……筈だが)  現管理者と山の関係が前管理者によって崩れ去るなど、あってはならない。  そんな事になれば、主にも、今までの管理者にも何と言って詫びれば良いのか。いや、そんな事になる前にどうにかしなければならないのだ。 「師匠」 「っ? ぁ……何、だ」  俯き加減に考えていたその目の前に、シャルプの顔が現れる。 「大丈夫ですか……? 怪我は無いように見えたんですけど……」  ヤツらに何か……と、続けられる。  膝を突き、下から覗き込んでくる表情(カオ)には、心配よりも不安が見て取れた。  ギニスタは緩く首を振り、努めて穏やかな声で答える。 「いや、なんでもないよ。戻ろうか」  何か言いたげに口を動かしたシャルプだが、結局何も言わずに立ち上がった。
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