3 癒しの薬-1

1/1
前へ
/19ページ
次へ

3 癒しの薬-1

 シャルプは元々、近くの人里──人が言う『領地』の、その領主の子供だ。  そして実の親である領主の、彼の用いる呪具からその情報を読み取った際、ギニスタは非常に不愉快な気分にさせられた。  幼気な子供を、己の利のために殺そうとするとは、と。  ◇◇◇◇◇ 「ここです」 「……これは、だいぶ酷いな」  空中に浮かんだシャルプに抱き上げられた状態で、ギニスタは谷間の土地を見下ろす。  抱えて移動すると言われた時は抵抗があったが、今はそれより目の前のものに意識がいった。  緑溢れるそこは、一見変わらずにあるように見える。しかし、草木は立ち枯れ土は汚され、そこは荒れ地と化していた。 「……」  その辺りには生物も妖精(かれら)もいない。遠くから不安そうに揺らめく彼らを視界に捉え、ギニスタの眉根が寄った。 「なんか、遠くの方で戦争があったっぽいんですよね」  軽い口調のシャルプは、高度を少しずつ下げていく。 (戦争……飽きもせず……)  それを聞くギニスタの眉間の皺が深くなる。 「それほど大きかったり長かったりは……してない、みたいなんですけど……」  枯れ草枯れ木の大地の真ん中に降り立ち、 「その“流れ”がここに来ちゃった、らしくて。吹き溜まりに……」  説明しつつ、シャルプの視線は上方へ彷徨う。 (なんで気付かなかったって……怒られるかな……?)  ギニスタが静かになった事で、ここに来て、そんな考えが脳裏をよぎった。  前々から、何か“良くないもの”がこの辺りに流れ込んでいたのは認識していた。しかし、まだ大丈夫だろうとも思っていた。  ギニスタの【蘇生】の大詰めで、そちらに集中していたのもある。肉体(うつわ)(なかみ)を染み込ませ、それが定着するまで一瞬たりとも気は抜けなかった。 『……?』  開いた瞼から薄く覗く、水色の瞳が自分を捉え。  安堵し、有頂天になり、気付いたらここまで進行していた。 「シャルプ」 「ぃっ、はい」 「下ろしてくれ」 「あっはい……」  言われるままに、そっとギニスタを地面に下ろす。  ギニスタは地面に手をついてしゃがみ込み、目を閉じて意識を集中させる。 (……。意図的なものでないからか。あの時より生命力自体は削られてない……)  以前の、畑に蒔くだの何だのでごっそり持って行かれた時より、傷は浅い。けれど傷は傷だ。  あの時は肉を引き千切られるようなものだったが、今回は異物──毒物での壊死。その数歩手前。 (思ったより読めるものだな。この残り滓、どこまで保つか)  立ち上がり、掌の土埃を落とす。 「師匠……?」 「【癒しの薬】で一度全体を鎮め、ある程度期間をかけて治していくのか?」 「えっ」 「?」  意表を突かれた。そんな顔のシャルプへ、ギニスタは首を傾げた。 「ぁいやっと、えーと。薬はこう、呼び水みたいにして……ボクの力でそのまま押し流しちゃおうかなぁ、とか」 「は」  それに水色が瞬くが、見上げた先の口は事も無げに続ける。 「それで、流しきってから元の力を満たそうかなって」 「……それを、今から?」 「? はい」 「やりきるのか?」 「はい」  絶句したギニスタは、ややあって思い直す。 (ああ、そうだ。この子は真の者なのだから)  それくらい出来て当たり前なのだ。 (仮の者にはそこまでの力は無い……特にアタシは弱かった)  だから道具やらにも頼ったのだ。  文字通りに、規格が違う。 「そうか……アタシは、見てればいいか?」 「! はい! お願いします!」  姿勢を正した自称『弟子』は、緊張した面持ちになり、 「……じゃ、……いきます……」 「うん」  どこか遠くを見るように、ギニスタはそれを眺めた。 「……」  空間に仕舞われていた【癒しの薬】が中空に、シャルプの前に湧き出てくる。  流動性を持つそれは渦を巻き、様々な形を成す。  そして一際高く、一直線に伸びたかと思うと、 「──!」  一瞬にして空間に溶け、目に見えないほどの粒子となって地面に染み渡った。 (精密な操作を、脳内だけで)  腕を振りもしないシャルプを見て、ギニスタはまた力の差を思い知る。 (本当に見ているだけだな………)  深層まで一気に浸透させ、自身の力も流れ込ませる。言っていた通りに“淀んだもの”を押し流していく。  もう少し丁寧でも、しかし手際はいい。  そう思って噤んでいた口から、無意識に声が漏れた。 「ぁ」
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加