甘くて、あまい……

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 俺からの拒絶の言葉に、相当メンタル面に効いたのか……。顔を俯かせる嵐。  これで、この場から逃げるように去ってくれるだろう。と、思っていた俺は、一秒でもコイツの顔を見るのも嫌だったので、今だに嵐の手が置かれているくしゃくしゃになっている掛布団を引っ張り払いのける。  そして、すぐに顔を窓側へ向けた。  嵐は、昔からストレートに言わないと分からないヤツだった。  遠回しに伝えても空気が読めないのか…………、そのまま我が道へ行き周りに迷惑をかけたことは数え切れない程ある。  その例が、あの婚儀の件。その内の一つだ。  ザラ……、ザラ…、布が擦れた乾いた音が右耳から入ってきた。  歩いた時に、ジーパンの内側部分が擦れる音。その寂しそうな控えめな音に、嵐が出入り口ドアに向かっていることに察した。  徐々に遠のいていく音。そして、出入り口ドアの静かにスライドをする音が室内に響き渡る。  最後に、━━ぱたん、と締められる音でこの一幕が終わった。  今は、俺しかいない虚しい空間に戻る。 (これで、良い…………。これが、正解なんだ)  俺がした行動は、俺たちのこれからの未来のため。  〈俺たち〉、とは?  いや!ここは俺と……巴さんになるだろうな。普通は。  なのに…………、  何で、(アイツ)の顔を思い浮かべてしまっているんだ━━━……?    気持ちが張り裂けそうになり、無意識に綺麗に掛け直した布団の裾を無意識に握り締めた、その時。 ━━━━━━━━━━ギシッ…  突然、音が変わった。  重さを加えた無機質な金具の鈍い悲鳴。  いや、それだけじゃない。このベッドの事態に重みが増す。しかも、主に片サイドレール側に。  不思議に思った俺は、原因へ視界を移す。  そこには、帰って行ったはずの━━━━━(アイツ)がいた。      しかも、いつの間にか靴を脱いで四つん這いになっていた。  手足を布団の上で根が張るように曲げ、背中を丸め、右膝を一歩前進させると、左腕を前へ伸ばし前進させる。左側もゆっくりと同じ動作し、一歩ずつ、こちらへ近づいてこようとしていた。  じりじり、と境界線を壊してくる相手。  その眼差しは先ほどと同じ憤怒だが………、違うものが含まれていた。  前のめりで垂れ下がった鴉色の前髪から覗いてくる瞳は野性的で。ギラついた力強さの瞳孔の奥深くに、情欲が揺らめいているような感じがあった。  そして、気が高ぶっているのか。呼吸がだんだんと熱を帯びたものに変わってきている弟。  まるで、獲物を見つけた猛獣。  その姿は、━━━━クロヒョウ、と思わせるものだった。  ゾクリッ━━、自身の背中に旋律が駆け走る。体内の血流が急速に氷点下になり、冷たい恐怖が全身を支配した瞬間だった。  そんな相手にお構いなしに接近してくる嵐。手足が動くたびに布の擦る音が大きくなっていった。  相手との距離が縮まっていく。その距離、五十センチメートル、四十、三十、二十、……十。  そして……、止まった。  嵐は、態勢を崩さぬまま足を広げ俺の身体を挟んだ。すぐに四つん這いだった上半身を静かに起き上がらせた。  目の前で膝を立てているせいか、見下ろされている状況に変わった今。逆光で表情が黒く塗り潰されており分からない。だが………、怒りで満ち溢れている雰囲気だけは物語っていた。  そして、 ━━━━━━ガシッ、  いきなり胸ぐら掴まれ、俺の身体がグッと前に引き寄せられる。 「ハッ!だったらよ……」    視界いっぱいに映し出された嵐の顔。 「お前の言う通り、今から好きにするからよ」    その瞳は、昨夜と同じ情欲に満ちた熱。沈んだテノール調の声色が耳にこびりつく。  捕まってしまった。━━━━━そう思った時には、時すでに遅し。身体を動かしたくても嵐の足で固定され、もう逃げられないと察した。      鼻のつま先同士がぶつかり、肌の熱が触れ合う。  更に、距離が縮まっていく中。互いの吐息がぶつかり、唇の先端が触れる。    そして獣に俺の唇を重ねられ……、呼吸を奪われた。
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