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『小春、その者たちのいう事は間違いではない。確かに子孫を手打ちにしたところで、一時の留飲を下げるだけじゃからな。そこでじゃ小春、その発表会とやらで吾にあの民らに捧げるはずだった一人芝居をやらせてはくれぬか。さすれば、無念を抱えたままこの地に眠る民たちの心を少しばかりでも鎮めることができると思う。それが約束を守れなんだ吾にできる唯一の償いであろう』 『一人芝居って、アメノウズメ? だって、七緒は誰にも見えないでしょ』 『だから、おぬしが舞うのじゃ。吾の代わりに、吾の手となり足となって』 『そんな、無理だよ。』 『いや、できる。いつかこのような時が来るやもしれんと思い、お前には舞の稽古をさせたではないか。敦盛や幸若舞が舞えたのじゃ、天宇受賣命も必ず舞える』  周りには小春が何か一人で呟いているようにしかみえません。 心配そうに英子が言いました。 「小春、大丈夫? 何か言ってたみたいだったけど。発表会の黙祷、絶対しようよ。先生、それくらいなら問題ないですよね」 「あ、ああ、それは問題ないだろう」  殺されることは無くなったと思ったのか、五辻先生がコクコクと何度も頷きました。 「劇が終わったら、私から説明しよう。それから皆で黙祷するのはどうだ?」  これで落ち着いたかと思った矢先、小春が叫ぶように言いました。 「私に舞わせてください。五穀豊穣を祈願して、天宇受賣命の一人芝居を演じ、舞います」 「天宇受賣命? 『天岩戸』の? そんなことお前にできるのか?」 「心配いりません。なんたって私は三河幸若舞『七緒』の唯一の伝承者ですから」  七緒の声が脳内に響きます。 『よくぞ申した!』  五辻先生も部員たちも呆気にとられた顔で小春を見つめています。  我に返った五辻先生が現実的なことを聞きました。 「何のことかよくわからないが、少なくとも舞台の時間をあまり長く延長することはできない。その芝居はどのくらいかかるんだ?」  小春が脳内で七緒に問います。 『七緒、それってどのくらいかかるの?』 『そうじゃなぁ……それほど長くはない。せいぜい半刻程か』  小春は半刻が何分なのかわからないまま伝えます。 「それほど長くありません。半刻くらい?」  演劇部の部員がざわざわと同じ質問を口にしました。 「半刻? それって何分?」  小春の言葉に眉を寄せた五辻先生が、部員たちの疑問に答えました。 「そうだなぁ……夕方頃であればおよそ30分くらいかな」  部長の英子がホッとした顔で言います。 「30分なら延長できますよね、先生」  五辻先生が眉間に皺を寄せます。 「無理だな。延長できても2分か3分がせいぜいだ。この発表会は市が主催している催し物だ。開催時間の延長なんて、私がどうこうできる者ではないよ」  焦れたように小春が言います。 「誰ならできるのですか? 市というなら市長ですか? 市長に言えばいいんですか? 分かりました。私が頼んできます」  そう言うなり駆け出した小春。  残された者たちはポカンと見送るしかありませんでした。
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