第1話

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「ただいま」 「お帰り……」  都内某所にあるマンションへ帰宅した。リビングでくつろいでいた娘が、小さな声で返事をして、子ども部屋へと入っていった。去った4月に中学1年生になった娘は昨年辺りから反抗期に入っており、会話が極端に減った。  田中と入れ違いで出勤した妻は近所にある市立病院の看護師をしている。明日朝方まで夜勤のため、自分と娘ふたり分の夕飯の支度を始めた。田中はキッチンに立ったまま、テレビニュースで今日解決した傲萬製薬の未登録ダンジョン摘発事件の速報を見る。  田中家は妻と娘ひとりの3人家族。  家族には自分が国の秘密機関の特殊工作員であることを話していない。  食事を準備すると「先に風呂へ入っているから」と娘に説明し、夕飯を食べておくように伝える。妻がいない日は、ふたりで食卓を囲むと互いにスマホやテレビに目が行き会話がない。娘の思春期が落ちつくまでは多少の配慮が必要だと田中は音を出さないよう気をつけながら、ため息をついた。  寝室に着替えを取りに向かうと、クローゼットの上に飾ってある写真立てが目に入った。娘の七五三の時に近くの神社にお参りした時の写真が飾ってある。娘を挟んで家族3人で手をつないだ1枚。田中にとっては、ついこの前の出来事に感じるが、子どもからしたら、ずいぶんと昔の記憶なのよ、と妻が話していた。  眼鏡に微かな電流が流れる。スマホ等、市販の通信機器は情報漏洩のリスクがあるため、伝達手段は特殊な仕様になっている。  娘にビールを買ってくると嘘をついて外へ出る。エレベーターのボタンをある法則に従って十数回押すと、階数の表示がされてないにもかかわらず、エレベーターは7階建てのマンションの屋上へと上がっていった。
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