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「…初めて言われたので……ちょっと分からない…けど…」
これは…こういうお世辞は…ここでは普通で、私も何か褒めるといいのかな?
「人間、だんだんと褒められない人生になっていくからね。男も女も関係なく」
口ごもった私を急かす風でもなく、スギさんが穏やかに言った。
「年々、出来て当たり前だったり、やって当たり前だったり…自分の努力とかこれは合わないな、という思いと別に“当たり前”っていう目を向けられると思わない?」
「わかる気がします」
「僕は月一くらい、こうやって全く知らない人と話をして軽くリセットする感じ。別に仕事が嫌な訳でも、妻に不満がある訳でもないんだけど、期待に応えるのがしんどくなる前に、バーっと喋るんだよ。珈琲を語ったりしてね。家で珈琲を語ると“もうマシンはいらないよぉ”って言われてしまう」
「ふふっ…サイフォンまでにいくつ使われたんですか?」
「8台かな…」
「結婚後ってこと?」
「そう」
「それは奥さんの“いらないよぉ”が正しい」
私がそう言った時、隣のケイコさんと男性が立ち上がって出て行く。帰った?一緒だから違う…?
「ここは時間があるから場所を移動したか、目的が一致したか…分からないけどね」
「……はい…」
「もしかして…フウコさん、このあとの目的あり?だったら他の人と話してみる?僕はソレなしなんで…」
「いえっ、いえいえ…このあとなんて…そんな…」
「フウコさん、綺麗だからいくらでも求められると思うよ?」
そんな目的はないので…と両手を胸の前で小刻みに振りながら“綺麗だから…”と言ったスギさんの口元を見ていた。
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