遭遇

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「毎日名前を呼んでもらえる旦那も子どもも羨ましいくらいだね、ホント」 「ゃ………名前なんて…そんな…」 長い指で器用に珈琲カップを持ったコウさんは、うん?と首を傾げる。 「名前で呼び合う夫婦って…どれくらいいるんでしょうね…お隣の夫婦が名前で呼び合うのを聞いて、この前から時々思うんですよね。うちは“パパ”“ママ”って当たり前に呼んできたけど…」 「ああ~そうだなぁ…どれくらい…どれくらいだろ…子どもがいるのと、いないのとで全然違うんだろうね。俺はパパじゃないから名前だけど、隣もなんじゃない?」 「可愛い女の子がおられて…」 「ああ~ちょっと憧れと、嫉妬みたいなのある感じ?」 そうなのかな…彼がポンポンと遠慮なく踏み込んだ話を軽くするから隣のことまで言ってしまった。 「じゃあ…ベッドでもパパ、ママって呼び合うの?そこは名前?」 え……ベッドでも…って…えっと…… 「…呼ばない……」 「………?どちらの呼び方でもなく、相手を呼ばないで…スルの?」 私の無言の肯定に 「そっか…ちょっと今の俺には想像が出来ないけど…それなら誰が相手でもいいのかな、と思ってしまったりするね…俺だから求められていると思って良くなったりするからさ。今度、旦那の名前を呼んであげたらいいんじゃない?余計なお世話でごめんだけど…フウコさんの声で呼んで欲しいと思う、きっと」 彼はポンと私の頭に触れてから、電車の時間だからと出て行った。
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