顚落

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夫の怒りは、夫としてではなく父親としてなのか…そう感じると、もう隠すことが何もない私は吐き出すしかなかった。 「パパとして千愛を思って腹を立てても、夫としては“魔が差した”でいいのね?だいたい、あんなイベントをしている喫茶店が可怪しいのよっ。既婚者合コンなんて、何を考えてるの?非常識でしょっ?」 静寂以上の冷たい空気が一気に広がり 「残念だ…この期に及んで、まだ人のせいにする人間だとは…千愛が幼稚園の時に散々話をしたのに、何も変わっていないなんて…真面目で家事はどれを取っても丁寧で得意…それがママの長所で人と比べることはないとずっと伝えてきたのに、まだ他の人が気になってわざわざ見張るほど…既婚者合コンが非常識だと思えば参加しなければいいだけ。レディースデーのように集客を狙ったイベントと同じだと、冷静に考えれば分かるはずだよ」 と夫が静かに言う。その落ち着きが私を煽るようだ… 「直美さんは本当に仕事をしてるだけなのっ?」 「私…ですか?はい…」 「風子さん…直美へのその質問は…さすがに失礼ですよ。それこそ非常識。直美を店内で見ましたか?」 「………………」 静かながら怒気を帯びた中西さんの質問に対する答えはノーだ。店に入るのを一度見ただけで、店内では見ていない。 「直美が男と一緒にいるところを見ましたか?」 「………………」 一度も見ていない。 「直美がホテルへ入るのを見ましたか?」 「…………………」 見ていないのよ…見たのは…通りを通っていただけ… 「どれも見ていない、ただの妄想で話をしないでください。直美は直美の従姉妹である坪田淑美…とっちゃんと旦那さんの店、珈琲大陸でアルバイトしてます。彼女らには亜優を預けられるくらい、俺も仲がいい…これでもまだ直美を疑うなら先月の勤務表とバイト代、見せましょうか?」 「中西さん、直美さん、ごめんっ。本当に申し訳ありませんっ」 夫がテーブルに額を付けて謝り、私は自分の思い込みでここまで堕ちたのだと悟った。
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