日常

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夫と私は、慰謝料請求も財産分与もなし、ただ私が家を出るという離婚をした。 ひとつだけ、夫は私に念書作成を要求した。 “秋山宗人と千愛を覗き見たり追いかける行為をしません” 千愛がママに会いたいと言う日が来るまで、自ら会いに来たり隠れて見守ることをやめて欲しいという夫の要求は、明らかに私の行き過ぎた行動を警戒するものだった。 離婚が成立したあと父が私に言った。 「朝から晩まで自分の時間なんてないほど働いてみなさい。疲れて、疲れて…それでも仕事に行って、他のことを考える余裕がなくなるほどがむしゃらに働いて…そんな時にも思い出すのが子どもの顔だ」 そして母は 「風子は人のことが気になってしまうようだけど…自分に自信の持てるものを身につければいいんじゃない?」 と言う。それに被せるように父が 「今思ったことを言ってみて」 そう言って私を真っ直ぐに見る。 「取り繕わなくていいから、言いなさい」 「……何の取り柄もないお母さんに言われてもな…って…」 「そこだろうね。風子、取り柄というのは誰にでもあるんだ。取り柄がない人はいない。その人が持つすぐれている部分のことを言うんだからね。他の人と比べることはないものだよ」 「誰にでもある…」 「そう。そこを勘違いして、お母さんにまで上から目線の否定的な考えを持つ。風子がしてきたママ友とのトラブルや今回のこと…全部そこなんじゃないか?」 「お父さんの言う通り…風子、自分と向き合って。いつか…いつになるか分からないけれど、いつか千愛ちゃんと会えた時に、素敵な人でいられるようにね」 素敵な人…母は言葉を選んだのだろう。素敵なママでもなく、素敵な女性でもなく、素敵な…と。 【完結】
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