東城拓巳(トウジョウ タクミ・検事)

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波瑠と渋谷課長は、生と3人で、病室に残っていた。 義父の貴一郎は、まるでただ眠っているようにベッドに横たわっている。 眠っているようでも、その顔には威厳があり、頑固そうに真一文字に口が結ばれていた。 その顔を、3人で見つめた。 圭は、仕事に戻ったし、命も大事なクライアントと会う約束があるからと、帰って行った。 波瑠は、ふと思った。 お義兄さんたちは、3人とも結婚していない。 末の弟の渋谷課長が、もう自分と結婚しているのに。 渋谷課長は、今、33才で、お義兄さんたちは確かそれぞれ二つ違いのはずだから、三男の圭さんは、35才。次男の命さんは、37才。そして、今、目の前にいる、長男の生さんは、39才のはずだ。 波瑠は、思わず、素直に訊いてしまった。 「あの、、お義兄さんたちは、ご結婚はされないんですか?」 訊かれた生が苦笑した。 「ええ、まあ、いろんな事情がそれぞれあるみたいで、、。ちなみに、僕は婚約者が一応いますけどね」 波瑠は驚いた。 「えっ? そうなんですか? どんな方なんですか?」 「高校時代の同級生で、今は料理学校の講師をしている涼風佳世という女性です。ああ、そういえば、波瑠さんも料理がとてもお上手なんですよね。誠から聞いています。なんでも美味しいが、牡蠣メシが絶品だと、、」 波瑠は、恥ずかしかった。 波瑠の料理には、秘密があったからだ。 本物の料理学校の先生とは、腕が違いすぎる、、。 波瑠は、話を逸らせた。 「あの、、。生さんは、ゆくゆくは渋谷医院を継がれるんですよね」 生の表情が急に曇った。 「ええ、、そのつもりだったんですが、気持ちが変わったんです」 「えっ? 生兄さん、どういうこと?」 渋谷課長が、驚いて訊いた。 「実は、、大学病院も辞めて、国境なき医師団に入りたいと思っているんだ」 「ええっ?」 波瑠と渋谷課長は、びっくりして声を上げた。 国境なき医師団といえば、よくテレビのコマーシャルに出ている。 紛争地帯で活躍する世界中の医師で構成された集団だ。 「き、危険じゃあないんですか?」 波瑠は、訊いた。 渋谷課長も、不安そうな表情だ。 「ええ。今の仕事とは比べ物にならないくら危険でしょうね。それはよく分かっています」 「じゃあ、どうして?」 「それは、今の仕事が嫌になったからです。一応、僕は大学病院の外科医ですが、大学の教授です。教授間での煩わしい駆け引きにも疲れたし、第一に、手術の内容に、嫌気がさしたこともあります」 「嫌気がさした?」 「ええ。肺がんの手術が一番多いんですが、結局肺がんになる一番の原因は、喫煙です。これだけ、喫煙に害があることが叫ばれているのに、いまだに喫煙者はなくならない、、。肺がんの手術も、これからも絶えないでしょう、、。こんな自分の意思で健康を害することを続けている人間を助けるよりも、もっと生きたくても生きられない人々を助けたい、、そう思うようになったんです」 「それで、戦争のある紛争地帯へ?」 「はい、そうです。、、でも、いろいろ問題があって、、」 生はそう言うと、頭を掻いた。
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