03.王子と私の逃避行

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03.王子と私の逃避行

 私とイライジャ様は、城に戻ると早速動き始めた。  イライジャ様は騎士団長の元へ、私は侍女長の元へと。  公式的には弟の存在は明かされていないけれど、イライジャ王子が〝光の子〟であることは周知の事実なのだ。おそらく国民の誰しもが、闇の方の子がいないことを訝しんでいることだろう。  そんな疑問を口にすれば二度と太陽を拝めなくなるので、誰も口にしたりしないが。  その中でも騎士団長と侍女長は、ジョージ様の存在を認識している数少ない人たちだ。  いつも私たちがジョージ様の元へと行く時には、なにかとフォローしてくれている。  今回も事情を話すと、かなり渋られてしまったものの、イライジャ様の願いならと協力してもらえることになった。  すべての準備が整う。これでジョージ様を助けられるはずだ。  私の手を取ったイライジャ様が、真剣な瞳で言葉を放つ。 「では、駆け落ちしてくれるか。クラリス」 「はい、喜んで」  イライジャ様は部屋に駆け落ちする旨の書き置きを残して、朝日が昇る前に急いで王都を脱出した。  街の外には騎士団長が用意しておいてくれた簡素な荷馬車があり、急いでそれに乗り込む。  王都が見えなくなると、ようやくほっと一息つけた。 「ははは、ドキドキしたな。城を抜け出すなどいつものことなのに、駆け落ちと思うと心構えが違う」 「まぁ、駆け落ちと言っても偽の駆け落ちですけれどもね」 「え?」 「はい?」  斜め後ろのイライジャ様を見ると、私を覗き込むようにしていて顔がぶつかりそうになる。ドキリと心臓が跳ねて、私は慌てて視線を前方に戻した。 「えーっと……偽?」 「はい、そうでございますが。ただの側仕えと駆け落ちしただなんて王家は絶対に発表しませんから、『王子はご病気になられた』として秘密裏に捜索するはずです。見当違いのところを探すように騎士団長にはお願いしておりますし、侍女長にはイライジャ様が見つからなかった時のためにとジョージ様を招聘なさるよう助言をお願いしています」 「……なるほど」 「なにか問題がございましたか?」 「いや」  イライジャ様はハァッと息を吐いて、後ろにごろんと寝転んでいるようだった。 「ジョージをちゃんと助けてくれるかな」 「大丈夫でしょう。三週間後には建国祭で王族のパレードがございますから、身代わりででもジョージ様の存在は必要とされます。全力で治療してもらえるでしょう」 「ああ、ジョージが助かるならなんでもいい」  振り向いて寝転がっているイライジャ様の顔を見ると、穏やかに微笑んでいるのが目に入った。  本当にこの方は、弟君を心から大切に思っているのだ。そのことに、私の胸はほっこりと温かくなる。 「じゃあその間、俺とクラリスは愛の逃避行といくか」 「ふふ、そうでございますね」  愛の逃避行とは、まるでオペラの一幕のようで笑ってしまう。  そんなものではないとわかっていても、胸が風の吹いた草原のようにさわさわ揺れるのはなぜだろうか。 「俺は、偽装でなくともかまわないのだがな」 「は……い?」  今、イライジャ様はなんと? 偽装でなくともかまわないと聞こえた気が。  ………どういう意味なのか。  きょとんとイライジャ様を見ると、彼は起き上がってにっこりと端正な顔を綻ばせた。 「で、どこに行くんだ? 俺はクラリスと一緒なら、どこだって天国だが」 「ジョージ様がおられる小屋でございます。ジョージ様が王都に運ばれるのを確認したら、私たちがそこにしばらく身を隠しましょう」 「三週間、クラリスとひとつ屋根の下にいられるわけだな。それはいい」 「はい。私は王子を信じておりますから」 「……あまり信用されても困るんだがな」  まぁこんな牽制などしなくとも、イライジャ様が私に手を出すようなことはないだろう。こんな貧相でお堅くてつまらない女に手を出すほど、イライジャ様は馬鹿ではない。  いずれは国のために結婚をして国王となる方だ。私程度の身分では、歯牙にもかけられないのはよくわかっている。 「どうした、クラリス。つらそうな顔をして」 「そ、そんな顔、しておりませんが?!」 「……そうか?」  本当になにを考えているのか、私は。おこがましいにもほどがある。  偽装とはいえ駆け落ちすることになって、気持ちが浮ついているのだ……多分。 「せっかくの三週間だ。楽しく暮らそう」 「……そうでございますね」  この三週間が終われば、私は消えなければいけないけれども。  ツキンと胸が痛んだけれど、私はそれを悟らせないように、にっこりと微笑んで見せた。
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