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36.舞踏会に出る私と王子様
とうとう、ジョージ様の婚約者を決める舞踏会が始まった。
しかしこの舞踏会でジョージ様自身が婚約者を選ぶわけではない。
とりあえずの公平性をアピールしているだけで、老年官僚たちが自分に都合のいい令嬢を勝手に選ぶに決まっている。
とんだ茶番でしかないが、〝結婚はジョージの意思である〟ということを印象づけたいだけだ。
ジョージ様のお心はエミリィにしかないというのに、今頃どんなお気持ちでいることか。エミリィもきっと不安で泣いているに違いない。
二人のためにも、必ず阻止しなければ。
王族の入場後、音楽が奏でられ始めたところで、私とイライジャ様は堂々と、しかし目立たぬように会場に入る。
「ジョージはあの人だかりの中だな」
「誰とも踊っていらっしゃらないようでございますね」
若き令嬢がきゃっきゃと言い寄っているものの、ジョージの顔は暗いままだ。
踊ろうという気配すら感じられない。きっとこのために、ダンスのレッスンをやらされていたに違いないのだけれど。
「もう少し近づこう。話ができるかもしれない」
「イライジャ様……バレてしまうのでは」
「それはそれで構わぬさ。行こう」
イライジャ様は眼鏡を掛けているとはいえ、気づく人は気づいてしまうだろう。
大丈夫だろうかと不安に駆られながらも、イライジャ様と一緒にジョージ様へと近づいていく。
招待された令嬢たちは父親や兄弟がエスコートしているから、イライジャ様もそのうちの一人と思われて紛れ込めているようだ。
しかし問題は私なのですが!? どう見ても年齢オーバーですが!?
ドキドキするも、周りの目は全員ジョージ様に向けられていて、イライジャ様だとは気づかれはしなかったし、私の年齢も咎められることはなかった。っほ。
「ジョージ様、ぜひ私と!」
「うちの娘と踊ってやってもらえませんか、ジョージ様!」
「どうかわたくしをお選びくださいまし!」
近くに来ると、想像以上に熱気がすごい。
「ジョージのそばには行けそうにないな。せっかくだ、踊ろう。クラリス」
「は、はい? 今なんと?」
「踊れるであろう?」
「もちろんですが……なぜ、今!」
「ほら、手を」
ぐんと引っ張られたかと思うと、強制的に踊らされました!!
ダンスのレッスンには何度もお付き合いいたしましたけれども、人前で踊るなど初めてなのですが!
「あれは……まさかイライジャ様じゃ……?」
「闇の子が、どうしてここに?」
ほら、気づかれてしまったではありませんか! どうするおつもりですか!!
「誰だ? 一緒に踊っている令嬢は」
「なんと美しい」
周りにまで気を使わせてしまっていますね!?
ただの側仕えでございます! 令嬢ではありませんから!
釣り合わないとはっきりおっしゃっていただいた方が、気が楽というもの……!
「皆が見ているぞ、クラリス」
「恥ずかしくて死にそうなのですが!?」
「死んでもらっては困る。まだまだそなたには、仕事が残っているのだから」
それは、踊るのも仕事のうちということでございますね?
……こうなっては仕方がありません。
わかりました、このクラリス、イライジャ様に負けぬよう全力で踊らせていただきます!
「ははっ、さすがクラリスだ。誰よりもそなたが一番踊りやすい」
「ありがとうございます」
わっと周囲の声が上がった。
闇の子が唐突に舞踏会にやってきたというのに、騎士ですら動かずに私たちを……いや、イライジャ様を眺めていた。
イライジャ様はやはり、人を魅了するお方。闇の子と認定されても、その輝きは誰にも穢すことはできない。
美しく正確なステップ、誰にも真似できない表現力、そして力強いリード。
誰よりもイライジャ様が王に相応しい人物なのだと、人々の脳裏に焼き付けてあげましょう!!
お互いに息を合わせてステップを踏む。
止められることのないダンス。曲調も盛り上がり、人々が私たちに注目している。
日陰で支えるだけのはずの私がこんな表舞台に立ってしまうだなんて。
でも、なんだか……
「楽しいか、クラリス」
「はい!」
「俺もだ!」
ふわりと抱き上げられたかと思うと、くるくると舞い始める。
ちょっとイライジャ様!? 社交でのリフトはルール違反でごさいますが!?
けれど皆様、私たちに釘付けですね!?
なにより……どうしたことか、楽しくて笑いそうになってしまうのですが……!!
「ははははっ」
「もう、イライジャ様……っふふ、ふふふふっ!」
先に笑われると、つられてしまうではありませんか!
だけれどこうしていると、そこはかとなく幸せで。
イライジャ様への愛が溢れて止められないのです。
楽団による音楽が最高潮に盛り上がったかと思うと、フィニッシュを迎えた。
あぁ、疲れた。けれど、間違いなく楽しかった。
イライジャ様に下ろされた私は、二人で観客に向かって挨拶のお辞儀する。
王子の挨拶は、指の先までも優雅だ。私も負けじと、指先にまで神経を行き渡らせた。
湧き上がる歓声と拍手。皆様、一瞬にしてイライジャ様の虜になってしまったようです。さすが過ぎます、我が王子!
「なにを拍手などしておるっ」
しかしその一言で、人々の笑顔と歓声と拍手は一瞬にして消え去りました。
私と、王子の笑顔も。
陛下は目がよろしくないので、誰が踊っているかはしばらくわからなかったのでしょう。
イライジャ様のお父上ではありますが、正直……陛下は苦手なのです。
「お前は闇の子だ!! こんな舞台に立っていいと思っているのか!!」
イライジャ様は掛けていた眼鏡を外すと、ギロリと陛下を睨んだ。
「残念ながら俺は、あなたの息子だ。それ以上でもそれ以下でもありはしない」
「なにを言うとるか、忌々しい! こいつをつまみ出せ!! 女の方もだ!!」
陛下の一言で、イライジャ様は騎士に腕を取られた。暴れることもなく、おとなしく捕まってしまっている。
一体どうして……王子はここへ、抗議をしにきたのではなかったのですか!?
他の騎士が、私にも手を伸ばしてくる。
「俺の大切な人だ。丁重に扱え」
イライジャ様はギラリと目を光らせ、騎士たちに告げた。
その迫力に、騎士たちは「はっ」と従っている。
陛下の機嫌がますます悪くなっておりますけれども……! 大丈夫なのですか……!?
捕捉された腕は、ちっとも痛くなかった。難なく抜け出せそうだ。
右の男の顎を殴り上げて腰の剣を奪えば、なんとか逃げられるかもしれない。
一瞬そう考えてしまったけれど、私は首を振った。騎士がいるのはここだけではないし、人質でもとらなければ無理だろう。
ジョージ様を人質にとるべきかとイライジャ様に目配せする。
しかしイライジャ様は心配ないというように、視線を前方へ投げた。その先にいるのは、双子の弟ジョージ様。
イライジャ様がそのジョージ様に向かって、こくんと頷いている。
私も視線を移してジョージ様を見ると、ごくりと唾液を飲み込んでいた。そしてなにかを決心したように拳を握り、叫び始めた。
「僕は、やはり光の子なんかじゃない! ここにいるイライジャ兄さんが本当の光の子なんだ!」
初めて聞く、ジョージ様の大声。か細い声しか出なかった頃とは違い、身なりも体躯も、見違えるほど良くなった。
そんなジョージ様の精一杯の訴えに、私の体は震える。
「勝手を言うな、ジョージ!! お前が光の子である!!」
「違う!! 僕は闇の子でいい!! 僕はもう……エミリィと元の生活に戻りたい……エミリィに会えるなら、それでいい……っ」
ジョージ様の瞳からは、涙が転がり落ちていた。
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