最終話 結末を迎えた王子様

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最終話 結末を迎えた王子様

 イライジャ様が王位に就き、私たちは結婚をした。  それはもう盛大な式だったので、疲れ果てたけれど……  イライジャ様はもちろん、お元気でした。ええ、朝から晩まで、それはそれはとても。  突然の前王失脚による事後処理、そして新組織の設立と、あり得ないくらいに忙しい日々を過ごしていたけれど。  ようやくイライジャ様の望む議会の形態で国政が運営され、うまく機能している。  老年官僚は全員免職となり、総入れ替えとなったことも大きいだろう。  おかげで弊習はすべて廃され、双子は普通の兄弟として平等に扱われることに決まった。  まだまだ古き慣習を重んじる者が多いため、これからさらなる改善が必要ではある。けれどイライジャ様なら、きっと誰もが住みやすい国を造ってくださるに違いない。  もちろん私も、そんなイライジャ様を支えていくつもりだ。 「どうした、クラリス」  変装をしているイライジャ様が、荷馬車の手綱を握っている私を覗いている。  私も変装用の眼鏡を装着済みだ。 「いいえ。こうして二人を訪ねてあの家に行くのは、イライジャ様が行方知れずになると言い出して日以来だと思いまして」  ふふっと笑って見せると、イライジャ様は生来の明るさで「はははっ! そうだったな!」と笑っている。  そう、こんな風に出掛けるのは、本当に久々のこと。  さすがに二人でだけは行かせられないと、騎士団長のチェスター様が護衛として馬車の隣を並走し、ダーシー様も来てくださっているけれど。  荷台には、たくさん祝いの品を載せてある。  喜んでくれるだろうかと想像しながら、イライジャ様と一緒に選んだものだ。  ジョージ様から手紙をもらい、急遽行くことになったため、じっくり選んだわけではないけれど。  それでも二人にとっては、かけがえのない一日になるのだから。  大仰にしたくないとのことで、イライジャ様は公務外でひっそりとお祝いに行くことに決められた。ジョージ様とエミリィにとっても、その方がいいだろう。  荒地だった場所に、小屋が……いや、小屋ではなく、ちゃんとした家が見えてきた。  井戸もあるし、畑も立派なものになっていた。馬も牛もいて、移動も畑を耕すのも楽になったことだろう。  支援を受けたことで二人は自立でき、王家にすべてお世話になるわけにはいかないと、自分たちで暮らせる地盤を整えた。  今では採れた野菜を売って、収入を得るまでになっている。資金さえあれば、それくらいやってのける能力を二人は持っていたのだ。  馬車の音が聞こえたのか、ジョージ様が畑仕事を中断して笑顔を見せる。 「兄さん! 来てくれたのか! 義姉さんも!」  嬉しそうにジョージ様が迎えてくれて、私は変装用の眼鏡を外した。エミリィも気づいて足取り軽くやってくる。 「わぁ、お久しぶりです! わざわざ来てくださるなんて……ありがとうございます!」 「当たり前だ。二人が今日、結婚すると言うんだからな」 「ありがとう、兄さん。忙しくて無理だろうと思ってたから、嬉しいよ!」 「大事な弟の結婚式に、来ぬわけがないだろう!」  ジョージ様の明るい笑顔に、イライジャ様も嬉しそうに笑顔で応えられた。  以前は痩せ細っていたとは思えないくらい、健康的な身体を手に入れたジョージ様。  こうして二人で並んで笑っているお姿を見ていると、本当によく似ていらっしゃる。  思わずほっこりと笑みが漏れた。こんな日が来て……本当に良かった。 「せっかくの結婚式だ。正装しろ、ジョージ。もちろん、エミリィもな」 「私が、正装!?」 「え、僕も?」  驚きの声をあげる二人に、私は大きく頷いてみせる。  ジョージ様の手紙に書かれてあったのだ。エミリィに、ウェディングドレスを着させてあげたいと。  この数ヶ月で稼いだという、いくらかのお金を添えて。ジョージ様はエミリィのことばかりで、ご自分の服など考えていなかったのだろう。  荷台から荷物を下ろすと、チェスター様とダーシー様には外で待っていてもらった。  案内してもらった家は、当時の家を改築……というかほぼ新築し、しっかりした造りの建物になっている。新しい木の良い香り。欲張らない二人は、結局小さな家を建てたのだけれど。  エミリィは『広い家になって嬉しい!』と喜んでいたという。  私たちは男女で別々の部屋に入ると、早速ウェディングドレスをガーメントバッグから取り出した。  するとエミリィは目を見張り、一度喉を詰まらせてから声を上げる。 「そんな高そうなもの……! ありがとうございますっ」  感激するエミリィに、私は首を振って答えた。 「これを借りたのは私たちではないのです。いえ、借りてきたのは私たちだけれど、お金はジョージ様が稼がれたもの。エミリィにウェディングドレスを着てもらおうと、コツコツ貯められたのでしょう」 「……! ジョージが……」  純白のウェディングドレス。これは町のレンタルショップで値切りに値切って、店主が泣くまで値切り倒して借りてきたものだ。  イライジャ様は物を値切るのは香水以来だと、あの時に実践済みだから俺に任せろと言って、楽しそうだったが真剣に値切っていた。  ジョージ様の稼いだお金だけで、なんとか借りてあげたかったのだろう。その代わり、ジョージ様の方のタキシードの方は、イライジャ様のポケットマネーから十分な額を出して借りていらっしゃったけれど。店主はきっと、わけがわからなかったに違いない。  私はエミリィに化粧をすべく、持ってきたメイクボックスを取り出した。 「こっちのメイクボックスは、私からのお祝いの品です」 「……私が、お化粧を……? でもやったこともないし……」 「もちろんあとでちゃんと教えます。今は、私が」  舞踏会で私がゾイにしてもらった時のように、今度は私がエミリィを着替えさせて化粧を施していく。  あの時は鏡がなくて確認できなかったけれど、すべてが終わってから自分の姿を見て、ひっくり返るかと思った。  女という生き物は、あんなに綺麗になれるのだと。好きな人のためであれば、なおさらに。  私は渾身の限りを尽くしてエミリィを仕上げる。  この七ヶ月で肉付きの良くなったエミリィは、本当に美しくなった。 「とっても綺麗だわ……エミリィ」 「ありがとう、クラリスさん。今日は母の誕生日で、この日に式を挙げようって、ジョージと決めていたんです。お母さん、喜んでくれるかな……」 「ええ、きっと。きっと喜んでくれているに決まっています」  そう言った瞬間、私はたまらなくなり、エミリィを置いて外に出てしまった。  二人の壮絶な人生が、ようやく実るのだと思うと、胸がいっぱいで、耐えられなくなって……。  隣の部屋にいたイライジャ様が気配に気付いたようで、すぐに追いかけてきてくださった。 「どうした、クラリス」  外には、当時は無かったサバンナの墓石が建てられていた。  きっと今も、二人を見守ってくれているに違いない。 「いえ……なんだか胸がいっぱいになってしまって……」 「……そうだな。俺も、胸がいっぱいだ」  イライジャ様のエメラルド色の瞳が、少し潤んだ。  闇の子と認定された弟を、イライジャ様は決して見捨てることはしなかった。  ジョージ様の幸せを、誰よりも望まれていたのは……イライジャ様なのだ。  私はそっとイライジャ様の頬に手を置いた。すると少し笑みを見せてくださり、私はほっと息を吐く。 「ありがとう、クラリス。そなたのおかげだ」 「私はなにもしておりません。すべて、イライジャ様が成し遂げられたことでございます」 「……そなたは、自分の重要性をまだわかっていないのか」 「イライ……ッ」  有無を言わせないんですから、もうっ!  チェスター様とダーシー様がずっと待機してくれているのをお忘れですか!  〝もう見慣れた〟という顔をされるのは、恥ずかしいものなのですよ!  なのに、イライジャ様の優しいキスは降り止まず、私は抵抗を諦めた。  柔らかいくちびるに塞がれ続けて、耳がどんどん熱くなる。  私を必要だと思ってくださる心が、伝わってくる。誰よりも、熱い気持ちが。  ほんの少しくちびるを離したイライジャ様と、視線が重なる。エメラルド色の瞳が、私を釘付けにする。 「クラリス……謙虚なそなたも好きだが、自分を過小評価するな。わかったな」  そのお心は嬉しいですが、もしわからないと言えば、またキスをなさるんですよね?  私にはわかっておりますよ! 「ありがとうございます。わかりました」 「わかってくれたなら良い。では褒美をやろう」 「んんっ!?」  結局なさるのですか! キスを!!  ああ、こんなところをあの二人に見られたら……と思った瞬間、ガチャリと家の扉が開いてしまったのですが!? 「あら……っ」 「ごめんよ、兄さん。まだ出てこない方が良かったかな?」 「大丈夫だ、今終わった」  平然とおっしゃらないでくださいまし!  やっとのことで解放された私は、二人へと体を向ける。  幸せそうな新郎と新婦がゆっくりと歩いてきていた。  ああ、今日はなんと良き日でしょうか。  空は青く、優しい風が二人を包んでいる。  凛々しいタキシード姿のジョージ様と、純白のウェディングドレスに身を包んだエミリィが、サバンナの墓石の前までやってきた。  参列者は私とイライジャ様、チェスター様、ダーシー様。それに……サバンナだ。  ジョージ様がその墓石に向かって語りかける。 「サバンナ……今日僕は、エミリィと結婚する。今まで通り、二人で仲良く生涯を共にすることを誓うよ。どうか空で見守っていてほしい」 「お母さん……私、ジョージと結婚することになったから……心配、しないでね……っ」  サバンナに誓うジョージ様とエミリィは、本当に、本当に、清らかで美しくて。 「愛しているよ、エミリィ」 「私も愛してる……ジョージ」  小鳥のようにキスを交わす二人。  ああ、なぜか私の方が号泣してしまっているのですが……!! 「はははっ! クラリス、そなたが泣いてどうする」 「すびばぜん……もう……もう、良かったなと思うと胸が……っ」  ああ、語彙がひどくてさらに泣きそうですが……!  けれど、私にはわかっておりますよ。一番嬉しくて泣きそうなのは、イライジャ様だということを。  二人はそんな私たちを見て、幸せそうに笑っている。 「結婚おめでとう、ジョージ! エミリィ!」 「おめでとうございます、ジョージ様、エミリィも!」  ジョージ様とエミリィは、最高の笑顔でありがとうと応えてくれて。  イライジャ様がガシッと弟君の肩へと手を回す。 「良かったな、ジョージ……! 今までの分も、幸せに、なってくれ……っ」 「ありがとう。兄さんのおかげだよ。もう、僕は本当に幸せなんだ」  誰より大切な、血を分けた双子の弟の言葉に。イライジャ様の涙が、ついに決壊してしまわれた。  ほら、やはり我慢をされていたのではありませんか。  このクラリス、イライジャ様のことならすべてお見通しなのですからね。  泣きながら喜んでいるイライジャ様と、兄を慰めるように背中を優しく叩いて笑っているジョージ様。  エミリィはそんな二人を見て嬉しそうに口を開けて笑っている。  私も輪に入り、イライジャ様へと笑みを向けた。  イライジャ様のエメラルド色の瞳が、きらきらと光を反射している。 「皆……今までよく頑張ってくれた……ありがとう……っ」  声を詰まらせるようにして紡がれた、イライジャ様のお言葉。  弟の幸せを願ってやまなかったイライジャ様の思いが、今、成就されたのだ。  私は、こんなにも優しいイライジャ様の妻であることを、本当に誇りに思う。  優しい光と気持ちのいい風が、私たちを包んで。  イライジャ様は皆に囲まれ、声を上げて笑っていた。  まるで光り輝く、太陽のように。  永遠に幸せが続くという確信が、皆の心に刻まれる。  これこそが、行方知れずを望んだ王子が本当に望まれた、幸せな、結末──
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