約三分間の

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 古いカセットデッキの前で座っている女の子がいる。 「照れるな」  録音ボタンを押されまずはそんな声が聞こえる。 「これは今、嬉しいあたしからのメッセージです。だけど、うーん、どうしようか。君に聞かせるのは少し照れくさいからやめるかもしれない。取り敢えずは日記的に残そうかと思います」  若干緊張している様子で、敬語にしたら良いのかも迷っている様な話し方。それでも彼女はまだ続ける。 「えーっと、そうは言いながらもラジオパーソナリティじゃないんだからずっとは話せないな。だから、およそ三分間。これを目安に話してみます。しかも家族に聞かれるのも照れ臭いから、海岸まで逃げたんだよ」  たどたどしくも話せているがもちろんこの録音をしているときに周りに人はいないみたい。彼女の声のと一緒に波音が流れていた。 「ひとつ、今言えることは、あたしはとっても嬉しいです。そう、今日は君と付き合い始めた記念日なんだから」  そんな存在に舞い上がっているテンションでこんな言葉を残しているんだ。だけど、これは彼女の思い付きじゃない。 「もうわかってると思うけど、これは世界の中心で愛を叫ぶを真似してます。さて、私は綾瀬はるかと長澤まさみのどっちだろう? そして君は山田孝之と森山未來のどっちかな? まさか今人気の物語を知らないとは言わせないよ」  テープにあった日付は2004年の秋。もうカセットテープが消えはじめて、セカチューブームという時代だ。 「地元が舞台で年齢も一緒。学校でも話題だから知らないわけないか。もっと君のことを知りたいな」  と言うことは彼女は中学生。そして話からみると相手も同じなんだろう。 「もう三分ぐらいは過ぎたかな? それでは、また今度!」  話すことに困った彼女みたいで、カセットレコーダーを持ち替えているのかガサゴソと言う音が聞こえる。  でも、停止ボタンを押される前に「好きです」と一言付けられた。  自分でも照れくさくなっているのか、その言葉は普通に語られてない。ちょっと声が震えている。頑張ったんだろう。 「一か月なんて直ぐに過ぎちゃうね。この録音もするのを忘れるところだったよ」  また波の音が聞こえて彼女は海岸で話している。だけど、彼女はそんなに細かい人間ではないみたい。 「さて、付き合ってひと月が過ぎました。どうでしょう? あたしは良い彼女なのかな? ちょっと答えを聞くのが怖いような気がする。だけど、君は良い彼氏だと思うよ。だって話してると楽しいもん」  普段の恋人のことを思い出しているのか、少し間があって多分だけど微笑んでいる。 「一年のときに出会ってから、普通に話をしてたのに、あんまりお互いのことを知らなかったんだね。恋人になってそれに気付きました。これからもお互いを知れるようにまだずーっと話そうね」  まあ、実際そんなもんだろう。普通のクラスメイトだとしても恋人付き合いになったら知らないことを話し合うもんだ。そして覚えてしまうもんだ。でも、彼女はこんな現在が楽しいみたい。 「重大発表をします! 君には話してないことです。それはあたしが君を好きになった時期を教えます。前にいつの間にかって話したのは嘘なんだ。ごめんなさーい」  少しおどけた話し方もして、ちょっとは録音に慣れた様子もある。それでもカセットレコーダーに向かい合うのは慣れない様子で照れくさそうな雰囲気は漂う。 「あたしが君を好きになったのは、出会った瞬間だよ。予想外でしょ? あの頃は話もしなかったから。だけど、友達の家の道案内で一緒に歩いた時、言葉も交わさなかったけど、ホント心臓が爆発しそうだったんだよ」  どうやら彼女が圧倒的に彼を好きになっているみたい。そんな彼女はその恋人を見るみたいに海の向こうの夕日を眺めているんだろう。 「じゃあ、今回もこのくらいで。最後にまた、あの言葉を言います。君のこと、好きです」  慣れた様子はあるけど、彼女は「好き」という前に演出的ではない間がある。これは完全に照れで言葉にしにくかったんだろう。  恐らく停止ボタンを押した彼女は楽しそうに笑っているだろう。そのくらいに嬉しさはまだ続いてたろう。  彼女の笑顔はいつまでも続くのかもしれない。
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