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「一週間。検査結果を聞かされました」
少し落ち着いた声だからちょっと安心してしまった。
「結論から言うと悪かった」
だけど直ぐに落とされる。気になって続きを待った。
「白血病だって。結果は直ぐにわかってたらしいのに、親たちがあたしに告げるか悩んだんだって。自分のことは一番に知りたいよね。緊急的に入院だから話さなきゃって思ったらしい。だから今はもう病室です」
とても辛い話だろうに彼女は気丈に話している。当然楽しそうではなく、かと言え悲しみの底の雰囲気でもなく淡々と。そして波の音は聞こえない。
「こんな風にセカチューの真似事みたいなことをしてるから悪かったのかな。同じ病気なんてね。あの物語では亜紀は死んじゃうんだ」
一層彼女の声が落ち込んでいた。もちろん世界の中心で愛を叫ぶの広瀬亜紀は死んでしまう。そうなると彼女はどうなるのだろう。
「取り合えずあたしは君と別れます。これから話し合いをするからその決意を表すための録音でした。もうこのカセットは君に渡さないかもしれないけど、別れても好きな君へ言葉をこれからも残します」
これまでより慎重に話していたのか言葉数は少なかった。
恐らく彼女も寂しい想いを抱きながらなんだろう。聞いているほうが辛くなる。
それでもまだ続きがあるのなら聞きたい。
「同じ日に録音するなんて思わなかったよ。喧嘩になり、その為の報告になります」
次の音声は恋人と話して直ぐに録ったんだろう。喧嘩になったと言うが、その真相が気になる。
「結果から言うと君に別れないと押し切られたね。そのときあたしは怒ってたけど、あれは嘘。とても喜んでた。白血病のあたしを彼女にって思ってくれる貴方のことがより好きになりました。でも、こんな人だともわかってたんだけどね」
ホッとする。もう彼女の話を私は真剣に聞いていた。
「だけどやっぱり複雑だな。死んでしまうかもしれない。だったらそのときに君を悲しませるだけになるんじゃないのか。そう思うと別れたほうが良いと思うのに、付き合えてると思うと喜んでしまう。別れたくなんてないんだよ」
彼女の本心なんだろう。恋人も良く決心したと褒めたいくらい。
「君が話したセカチューの時代とは違って今は骨髄バンクもあるんだよね。弱気は辞めるよ。私は生きる。そして未来を拓くんだ!」
少し元気な声が聞こえた。
「もし、あたしが生き残れたのなら、もう君と別れるなんて言わないよ。この先未来までずーっと。だいすきな君だから」
泣けてしまった。ドラマとかでも泣くことなんてないのに、これは真実の物語だからなのか。今の私は泣いている。
今更「冗談でした。これはフィクションです」と言われたら許さないからな。
多分違うからこれかも真剣に聞く。
「適合者は現れないで一か月が過ぎると、抗がん剤治療が始まった」
ちょっと私は喜んだ。彼女が元気になっているもんだと。だけどその声は元気がない。
「間違いだったよ。治療がこんなに辛いなんて。今も起き上がれない。風邪のほうが元気だった気がする。自分がこんなに弱いんだって思い知らされたよ」
これを聞いた人はどんな思いなんだろうか。恋人さんはもう聞いてるんだろうけど、私はとても辛い。
「今回は弱音だけになっちゃうけどごめんね」
もう聞いているだけの私はハンカチを用意してうんうんと頷いていた。
「もっと君と笑っていたかった。いつも笑わせてくれる君の話を聞きたい。笑顔で見たら、笑顔を返してくれる君が見たい。おどけあうあの時間をもう一度叶えたい」
なんだか遺書を読んでいる気分になっている。
「多分こうして死んじゃうんだろうね」
だけどカセットの彼女もそのつもりで話していたみたい。
「会いたいよ。もっとずっと一緒にいたいよ。おばあちゃんになるまで君の隣にいたかったよ。そんな君に言いたいの。あたしは君のことが、好きです。好き。好きなんだ。ダイスキ。忘れないで。こんなに好いていたあたしがいたことを」
もう泣かずにはすまない。
その音声が聞こえなくなって暫くなんの音もなくなった。
私は確信してしまった。その可哀相なことを。
だけど急に雑音が聞こえて私は焦ってカセットデッキを持ち上げる。
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