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手を貸す
困り果てた俺は妻の前に行った。もしかしたら妻に俺の姿が見えるかもしれない。そんな藁をも掴む思いで妻に語りかけた。
「俺を助けてくれ。早くしないと大変な事になるんだ」
当然、妻に俺の姿は見えなかった。鼻歌を歌いながら朝食の後片付けをしていた。あと少ししたら悲しいしらせが届くというのに。
(どうしたの?)
……何か聞こえたような気がした。辺りを見たが妻以外いない。
(どうしたの?)
やはり声がした。誰だ?
(どうしたの、パパ)
パパ? もしかして……俺は妻のお腹を見た。もぞもぞ動いている。
「あら、目が覚めたの? おはよう」
妻がお腹を撫でた。愛おしそうに、満面の笑みで。
「お前、俺の声が聞こえるのか?」
(パパでしょ? 毎日聞いてるから覚えちゃったよ)
「そうか……」
愛おしさに涙が溢れてきた。俺も妻のお腹に手を置いた。妻の手と重なる。しかし妻は何も感じないのか、何の反応も示さない。毎日重ねてきた妻の手が俺の手をすり抜けていく。何という事だ。やはり俺は死んでしまったのか。もう二度と妻の手を握る事もできないのか。これからだというのに。もっと一緒にいたかったのに。3人で手を繋いで歩きたかった。色んな所へ連れて行ってやりたかった。資料さえ忘れなければ……。
「あっ……!」
俺の手は何かを掴んだ。柔らかくとても小さいが、確かに掴んでいる。そしてその手も俺の手を握り返した。もしかして子供の手なのか。見ると俺の手は妻のお腹をすり抜けお腹の中に入っていた。
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