動かない手

2/4
前へ
/9ページ
次へ
「2歳なんだ。そうか」 「はい。先月2歳になりました。やっと喋る事もできるようになりました。そして不思議な事をいうんです。手はパパに貸したって」 「パパに……」  猿番長は男の子の右手をそっと掴んだ。そしてしばらく目を瞑り考え込んでいるように見えた。ふいに猿番長は男の子から手を離し女性に強い視線を送った。 「お母さん、しっかりしてください」  失礼な医者と同じ事をいわれ、女性は猿番長を睨み返した。 「私はしっかりしています。あなたまで私のせいだといいたいんですか?」 「もっと息子さんの話を聞いてあげてください。ちゃんと聞いていれば変な霊能力者の所に行かなくてもすんだのに」 「息子の? だってまだちゃんと話せないんです」 「あーあ、困ったお母さんだ。なあ、坊や」  男の子はクスリと笑った。 「坊やは何でも分かっています。あなたのお腹の中にいた時から、全部分かっていました。知らないのはあなただけです」 「私だけ……?」 「子供は生まれる前の記憶を持って生まれてきます。でも時間とともにその記憶も薄れていき、やがて綺麗になくなってしまいます。まだ記憶のあるうちに来てくれて良かった」  困惑した表情の女性に猿番長は続けた。 「僕には息子さんの右手は見えません。きっとお父さんが持っていったんでしょう」 「え、ちゃんとあります」  女性は息子の動かない右手を握りしめた。 「旦那さんは何故亡くなったんですか?」 「通勤中トラックとぶつかって……即死でした」 「ぶつかった拍子に旦那さんの魂は体から飛び出した。突然の事に自分の死を認められなかった。魂のまま家に戻ると時間が戻っていた。ならばやり直せるかも。そう思った旦那さんは出掛けてしまった自分に資料を届けようと追いかける。しかし間に合わず事故が起きてしまう。悲しみにくれた旦那さんは家に戻る。すると時間は戻っている。ならばやり直せるかも。そう思って旦那さんは自分の車を追いかけるーーその繰り返しを、ずっと旦那さんは続けています。今も」 「今も……」
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加