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1時間後、3人は事故現場となった交差点に来ていた。息子の左手には父親が忘れてしまった資料が握られていた。
「来たぞ。見えるか?」
「うん」
猿番長と息子は信号機の上辺りを見上げていた。女性には何も見えなかった。
息子は左手を上げ、大きく振った。
「パパー、忘れ物届けにきたよ!」
息子の声に気付いた父親は息子の目の前に降りてきた。
(大きくなったな)
「うん。はい、パパ」
(ありがとう。これでパパは死なずにすむよ)
「ううん。パパはもう死んじゃったんだよ。僕が生まれる前に」
(え……でも……)
「僕なら大丈夫だよ。ママも僕が守るから安心して天国に行ってね」
父親は呆然と息子を眺めた。そして大粒の涙をこぼした。
(ごめんな、一緒に遊んでやれなくて。ごめんな、抱っこしてやる事もできなくて)
「僕、パパに手を握ってもらった事覚えてるよ。おっきな手だったよね」
(覚えててくれたんだ……)
父親は地面に膝を付き肩を震わせた。そして息子の両手を掴んだ。
(お前の手も大きくなった。あの時よりもずっと大きい。これならママを守れるね)
「うん」
(ずっと借りっぱなしで悪かったね。もう返すよ)
父親が息子から手を離した。
(この手でママを守っておくれ)
「うん、パパ」
今度は息子が父親の両手を握った。両方の手で、しっかりと。
「手が、手が動いた!」
母親は驚いて息子の手を握った。息子は微笑みながら母親の手を握り返した。
「今返してもらったよ。ほらママもパパの手を握ってあげて」
息子に手を取られ、母親の手は父親の手に重なった。
「……分からないわ。でもここにいるのね。あなた、2年間お疲れさまでした。もう休んでいいのよ。あとの事は私に任せて。この子は私が立派に育てるから」
父親は、ふわりと母親を抱きしめ髪に口づけをした。そして息子の髪をひと撫ですると、空へと昇って行った。
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