手を繋ぐ

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手を繋ぐ

 息子は中学生になり野球部に入った。右手は問題なく動いている。  あの後猿番長はできてしまった道の処理をし、もう大丈夫と言い残し去って行った。色々な事があり過ぎてお礼をいう事さえ出来なかった。慌てて母親は猿番長のブログを探したが見つけられなかった。 「俺が持つよ」  すっかり逞しくなった息子が、買い物帰りの母親の手にあるマイバッグの取手を掴んだ。その時母親の手も握ってしまった。 「あ……」  息子の右手から、懐かしい感覚が蘇ってきた。夫の手の感触だった。2年間夫とともに飛び回っていた右手だ。  母親は息子の右手を握った。 「おい、やめろよ」 「いいじゃない。疲れちゃったのよ」  息子は照れたように口を尖らせながらも渋々母親と手を繋いで歩いた。母親は、夫と歩いた日の事を思い出していた。夫は今も私を守ってくれている。息子の手を通じて。  夫が亡くなってから、1人で息子を育てなければならないと肩肘を張って生きてきた。でも夫はここにいる。そう思うと体中から緊張が解けていくのが分かった。  息子はもうあの日の事もお腹の中にいた時の事も忘れてしまっていた。霊も見えないという。でも「ママは僕が守る」といった言葉は心に刻まれているのか、とても頼もしい息子に育っていた。 〈終〉
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