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ママ
ママの記憶は、写真の中にしかない。
でも、とてもいい匂い。
あれは、フリージアのかおりだった。
パパは同じ香りのキャンドルを灯した。
パパの帰らないその夜。
キャプテン・リードの申し出も断って、いつものようにひとりでベッドに入った。
なぜか、体はがたがたして、頭がぐるぐるした。
キャンドルを灯した。
いつのまにか、朝が来ていた。
そして、いつものようにきちんと同じ時間に、アリステリアがドアを開けた。
「こんにちは。レンさん。アリステリアです。」
いつもと変わらない、丁寧な挨拶をして。
そしたら、なぜか私の目からたくさん、たくさん水が溢れてきて止まらなくなった。また壊れた蛇口みたいだなって、思った。次から次に、頬を伝って流れて落ちた。
「な、泣いています。レンさん。」
アリステリアは、いつものように目をキョロキョロさせながら覗き込んできた。
「め、目から。み水が。流れています。レンさん。泣いています。レンさん。」
私は、床にぺたんと座りこんで泣いた。
アリステリアは、いつものようにそばで立っていた。
ただ蛇口が締まるのを、待っていた。
それだけなのに、それだけで充分だった。
一緒に悲しまれるより、救われた。
それからいつものように勉強をして、ご飯を食べた。ちゃんとお腹は空くんだ、と不思議に思いながら。
キャプテン・リードが度々来て、日本から関係者が来たり、いつもと違うことも沢山あったけれど。私達の毎日が変わらなく過ぎたのは、アリステリアが変わらず時を刻んでくれたからだった。
そうした間に、ママが日本でパパと同じように亡くなったことを知った。パパは、その犯人を追うようにこの国に来たことも知った。パパを殺した爆弾を作った人は、まだ捕まっていないことも知った。キャプテン・リードも、ずっとその事件を捜査していることも知った。
多分リードが、色々私とアリステリアの日々を守るために動いてくれたのだろう。その時はわからなかったけれど。
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