ランドレフ教授

2/2
前へ
/13ページ
次へ
 「とても。合理的な選択です。レンさん。」   アリステリアは、いつもと変わらず丁寧に最後のお別れの挨拶をした。いつもと同じ、帰る時間に。  「アリステリア先生、ありがとうございました。」  「ど、どういたしまして。レンさん。」  「泣いているの?アリステリア先生。」  「泣いて、いる?あ…目から、水が出ています。なぜだか。自分でも…わかりません。」    彼女は驚いていたが、パニックにはならなかった。  本当に不思議そうに、目から溢れた水を拭っていた。  彼女はそれからちょっと考えて、バッグの中から一冊の本を取り出した。  「鏡の国の。アリスです。」  「ルイス・キャロルの?」  「そうです。ルイス・キャロルです。ルイス・キャロル。本名は。チャールズ・ラトウィッジ・ドジソン。1832年にウォリントンで生まれました。アナグラムや鏡文字の創作の才能があり、その著作は…あ。これは。関係のない話です。」  「この本を、私に?」  「この本は。私が5歳の時の。父からの誕生日プレゼントです。レンさん。」  「そんな大切なものを?」  「あ。もう私には必要あり、ありませんので。」  「必要ないって…。」  「あ。全て。頭に入って。いますから。レンさん。」  「でも。」  「レンさん。あなたには。文学を上手く。教えることが。で、できませんでした。これは。よくないことです。私は。レンさん。あなたの先生です。先生が。教えられないのは困ります。ですので。鏡の国の。アリス。鏡の国のアリスです。教材にと。いつも持っていました。でも。もう教えることは。できません。レンさんは。日本に戻るからです。なので。これは教材です。レンさん。」  「ありがとう…。アリステリア先生。」  アリステリアはいつものように、きちんと身支度をして、狂いなく同じ時間に扉を閉じて去って行った。  「さようなら。レンさん。」   いつもの挨拶を、完璧にこなして。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

32人が本棚に入れています
本棚に追加