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1年 冬
ドアを開けると、ツンとした冷たい空気が鼻の奥を刺激する。
俺は寒さに震えながらカードキーでドアの鍵を閉め、寮にあるエレベーターまで早歩きで行く。
すれ違う人はもちろんいない。
下行きのボタンを押した後の待つ時間が長く感じる。
エレベーターを待ってる間に寒さに弱い俺の手が段々と冷たくなってくる。
やっとエレベーターが着くと、早速乗り込み1階のボタンを灯す。こんな時間に乗って来る人は誰もいない。
1階に動いている間に、そう言えばと思い出しポケットに突っ込んできたカイロで手を暖めようとする。…出したばっかりだから、今はまだ全然暖かくない。
早く暖まれと気持ちを込めながら、カイロを揉みこんでると1階に着く合図が鳴った。
エレベーターのドアが開くとブワッと寒風が乗り込んでくる。顔面に直当たりしたし、ほんとにやめて欲しい。
「なんなんだよ…」
マフラーしてても寒さを感じる風にキレそうになりながら通学路に出る。まぁ通学路って言っても寮の隣が学校だから、寮のエントランスから正門までの道なんだけど。
太陽はまだ出ておらず、少し青いところが残る。空気は澄んでおり、手を暖めようと吐いた息が、白い靄になって消えるのがハッキリと分かる。
ブレザーの上に着たコートのポケットに手を突っ込みながら、正門を通り抜け校舎に向かった。
校舎に着くと暖まったカイロを握りしめながら、教室には行かず、職員室に生徒会室の鍵を取りに行く。
職員室に行く理由は鍵だけじゃない。
「おはよう、志摩」
俺の期待していた声が背後から聞こえ、急いで振り向く。
「おはよーう!山ちゃん!」
運動着を着ていた山代淳矢が、俺のすぐ後ろにいた。
「今からバスケ部の朝練?毎朝すごいね〜」
「そうか?毎朝ここで会う志摩も相当すごいと思うぞ」
すごいなーと言う陳腐な感想しかできない俺の脳が悔しいが、自分が褒められると思わずちょっと照れる。
今褒められたっていうのでいいよね。この言葉で1日頑張れるかも。
「いやいや、始業式の日まで朝練は流石に尊敬だよー」
「そうか?まぁ習慣みたいなもんだしな」
そう言いながら山ちゃんは体育館の鍵と部室の鍵を持って歩き出したので、俺も生徒会室の鍵を持ってついていく。
そもそも朝練が習慣になってるのがもう尊敬する。俺のこの早起きは下心があってしてるもんだし。
「そうだ、始業式頑張れよ」
「あーうん!ありがとー」
そう、俺は生徒会に所属しているため始業式で壇上に上がらないといけない。
別に目立つのには慣れているが、その時に湧き上がる歓声を思い出し嫌になる。
面倒だなーとか思ってると、もう生徒会室に着いた。
「じゃあまた後で」
そう言って山ちゃんは部室の方に歩いて行った。
生徒会室と部室は真反対の方なのに、山ちゃんは毎回俺を生徒会室まで送ってから朝練に向かう。
特別扱いされている感じがして、いつも山ちゃんの行為に甘えている。
「うわーやっぱり自惚れかなぁ…?」
山ちゃんと別れた後入った生徒会室で、ドアにもたれかかりながら座り込んでしまった。
学校に来る前の寒さが嘘かのように、生徒会室に暖房なんかついてないのに暖かい。
山ちゃんにはそういう感情が一切ないと知っているとしても、少し嬉しい。いや、大分嬉しい。
でも、いつも朝に会うためにこんな早くから学校に来てるのがバレてないか心配だ。
俺のこの感情とかもバレてないかめっちゃ不安。
バレたとしても叶わないのだから、それならバレない方がいい。俺のためにも、山ちゃんのためにも。
「ってか、バレてるわけないかー」
山ちゃんは俺のことを好きなんて絶対ない。
俺はただの友達で、それ以下でも以上でもないんだし。
「……はぁ」
気持ちを伝える気はないけど、やっぱり少し悲しい。
早くこんな気持ちも捨ててしまえれば楽なのになって思うけど、俺はそんな簡単に捨てれるほど器用じゃないし。
「あー!やめやめ!もう考えないようにしよ!」
そうやって、ずっと悩み続けるから諦められないんだ。
そう思って気持ちを切り替えて、ずっと着ていたコートを脱ぎ、「会計」と書かれたプレートの置いてある机に座る。
暖房も高めに設定して、備え付けのポットに水を入れる。
その間にインスタントのココアをお気に入りのマグカップに入れ、お湯が沸くのを待つ。
お湯が沸くまで暇なので、スクールバックから生徒会の書類を取り出しペンを走らせた。
この学校は特殊だ。
まず、全寮制の男子校で小学校からの一貫校だ。
もちろん外部生もいるが、ほとんどが内部生で外部との繋がりは僅かしかない。
そのためなのか偏差値は異常に高く、難関国公立大学の進学率や大企業への就職率も半端ない。
逆に外との繋がりがほぼ無いのが原因で、思春期特有の性的な興味が同性に向くことが多い。
その影響で、ここの生徒は同性愛者が多い。
俺は全寮制の所に入りたくて高校から入学してきたが、入った瞬間学校の特殊ルールや同性愛者の多さに圧倒され辞めようか悩んだ。
その特殊ルールの1つとして、生徒会になる基準となる人気投票がある。
その投票は「人気投票」と称しているが、実際は「抱きたいランキング」と「抱かれたいランキング」の総評だ。
性欲が爆発した投票で全くもって意味がわからん。
投票は匿名で行われ、多い順から決まっていく。
大体の生徒会メンバーは決まっていて、その生徒が卒業するまでは変わることはほぼ無い。
今の俺以外のメンバーは中等部からの頃から選ばれており、元会計だけ1個下の中等部で、高等部の会計の席だけ空いていた。
俺は髪の毛が元々金髪で、多分見た目もいいんだろう。色々事情もあって今まで何回も注目されてきた。
学校に入ってからも当たり前のように注目され、気づけば生徒会会計の称号が与えられていた。
会計になってから最初は「なんで俺が!?」とか思ったけど、生徒会の仕事は楽しい。
普段の生活も充実しており、色々制限はあるけど十分に楽しめている。
自分はまだ1年でこれからまだまだ楽しいことが沢山あるのだろう。
高校生活残り限られた時間の中、もっと思い出をつくっていきたい。
カチッとポットの音が響き、意識が現実に戻される。
椅子から立ち上がりお湯をさっきのマグカップに注ぐ。
自分の席に戻り、出来上がったあつあつのココアを飲みながら1年にあったことを思い出す。
3学期の1番最初だから思い出に耽ることもあっていいだろう。
色々あったなーとか思い出す。
入学式とかビビること多かったもんなー。
人は多いし、男子だけだし、カップルはめっちゃいるし。
初めて生徒会で集まる時とかえぐい緊張したなー。
会長とかえげつい眼光出てたしな。
ビームでも出てんのかって思ったらただ単に目が鋭いだけだった。
みんなもすごかったなー。今思えば全然印象違うな。
あとはー
「体育祭…なぁ…」
あの時の光景がフラッシュバックする。
高1の6月にあった体育祭。
俺は、
意識が無くなった。
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