#1「 再会 」

26/27
前へ
/32ページ
次へ
 でも、どうして彼がこのマンション内を歩いてたんだろう。どうして?偶然?  部屋の中、または遠くを見やって何を考えているのか分からない。そんな風に見える柊平の元にグラスを乗せた盆を持っていくと、彼の顔を見上げることなくグラスに目をやったまま、どうぞ、と声をかけた。だが彼はまるで無視でもするように、その場を離れて近くの本棚に歩み寄って行った。その気配を感じ取り私は、あれ?と見上げる。 「…あの」 どうしたんだろう、と彼の後ろ姿を見つめていた時、彼が口にした言葉に私は目を見開いた。 「何で………ピアノ、辞めたんですか?」 振り返ることなく彼は尋ねる。体幹にまるで鉄筋を通したように、私の身体は少しだけ硬くなった。え、と私は小さく声を漏らしていた。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加