二杯目

5/8
前へ
/217ページ
次へ
 久世は歩きながら俊介に電話をかけた。プライベートの方も仕事用のもどちらも繋がらなかった。  諦めてどこへ向かうでもなく歩いていると、スマホが短く振動した。LINEの通知だった。  見てみると俊介からだ。彼女と一緒だから出られなかったと詫びが入っていて、急ぎの用なら掛け直すとあった。  久世は大したことではないと返信をした。  改めて考えると、久世はこういうときに訪ねる場所も相手もいないことに気がついた。  これまで必要を感じなかったこともあるが、大学院に秘書官と、休日もないようなことに平常打ち込んでいて友人をつくる暇がなかった。同僚や学友は自分と同様に多忙だろうと遠慮をしてしまう。  生田とは喧嘩別れをしたし、クラブなどもっての(ほか)だ。生田と住んでいたマンションにも、西園寺のところへも行く気はなかった。  久世がホテルにでも泊まろうかと考えていたとき、着信があった。晶だった。 「はい」 『透、見つけたよ。サークのドイツ時代。まとめて倉庫にしまっていたことを思い出して、引っ掻き回したらそれ以外にも大量に出てきた』  久世はそれを聞いて鬱々とした気分に光がさした。  ダグラス・サークはハリウッドへ渡ったドイツ人で、メロドラマの巨匠と言われている、久世の大好きな監督だった。ナチス時代にドイツから追われるようにしてハリウッドへ渡っていたため、ドイツ時代の作品は希少だった。  目がない話を聞いて、晶の家へ行って映画を見る以外のことが頭から完全に消え去った。久世は、矢も楯もたまらず晶の邸宅へと向かった。
/217ページ

最初のコメントを投稿しよう!

242人が本棚に入れています
本棚に追加