二杯目

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 瑞希は満面の笑みで言った。 「……妊娠するために」  久世は壁を殴りたいと衝動的に思ったが、本当は瑞希の顔面を殴りたかった。駆られたことのないほどの怒りに頭を支配されながら、それでもそんな暴れるような真似はできなかった。  久世ができたことは、シャワールームのドアを力いっぱいに叩きつけることくらいだった。  久世は頭から冷水をかぶり、全身を丹念に洗った。  怒りを抑えなければ。本当に瑞希を殴ってしまうかもしれない。  そう考えたが、一番殴りたかったのは自分のことだった。  晶は悪くない。予想できたことだ。瑞希のあの自分への執着と、クラブの個室で薬をもらおうとしていたこと、ここ一週間顔を見せなかった大人しい振る舞いから可能性として考えられることだった。  晶とは友情を深めていて関係は変化していたが、晶自体は何も変わっていない。ミキを愛しているまま、その愛を諦めてはいなかったのだ。  愛する女が戻ってきて、協力して欲しいと言えば安々とするだろう。媚薬を使ったセックスなど、晶にとっては日常茶飯事で犯罪でもなんでもない。  須藤の話は事実だと思った。西園寺の予想も正しい気がした。瑞希であればみどりのことを調べて須藤との仲を裂き、生田とみどりの寄りを戻させることなど簡単に考えつくことで、実行もできただろうと思えた。  薬を使って強姦してまで子供を孕み、結婚を迫ろうとしているのだ。そんなことを笑顔でできる人間なら何でもできるだろう。  なぜこんな女にここまで執着されたのかと、久世は背筋が凍る思いだった。
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