婚約者

6/12
前へ
/217ページ
次へ
「……そんなこと山のようにある。お前、何も知らないだろう? 知ろうともしない。俺の親父の側にいながら俺の事故のことも知らない。生田くんの側にいて彼の変化に気がつかないのも当然だろう」  西園寺のことと生田のことは別の話だと思いながらも、生田の出ていった理由がわからない久世は、言い返せない。 「もう少し話をしてやろう。俺は優しいからな。……生田くんの元彼女は身籠っていたけど、生田くんとは結婚できないだろうと思って一人で産むつもりだった。しかしそれを知った彼女の親は生田くんを探した。ようやく見つけて彼にそれを伝えた」  久世は西園寺を睨みつけながら話の続きを待っている。 「……それを聞いた生田くんは、すぐに青森へ駆けつけた。それが、えーっと……五日前か? 生田くんはその場で結婚を申し込んだ。いい男じゃないか」  久世は嘘だと思ったが、思いたかっただけかもしれない。  西園寺の説明を頭の中で繰り返すほど、五日前の夜の生田の涙に納得がいった。  このような形で自分の元を去った理由は、それ以外にないと思えるほど自然な説明だった。  久世は涙が込み上げてきた。  西園寺の前どころか、会ったばかりの女性の前で泣くわけにはいかないと思ったが、生田の涙の理由と、生田を永遠に失わなければならないことを思うと、こみ上げる涙を止められなかった。  視線を西園寺から逸らして、窓の方へ歩み寄った。
/217ページ

最初のコメントを投稿しよう!

158人が本棚に入れています
本棚に追加