婚約者

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 西園寺は立ち上がり、久世の側へいった。 「まあ、飲めよ。失恋ほど気分の悪いものはない」  西園寺は残った方の手で、ブランデーの入ったグラスを久世に差し出した。  涙で濡れた目で、久世はそのグラスを見る。  同時に西園寺の失われた左手を思い出した。  俺は雅紀を失ったが、悠輔も手と顔の半分を失ったのか。……それに恋人も。  ふと、そう繋げて考えて、久世は素直にグラスを受け取った。  西園寺はニヤリと笑うと、シャツのボタンを外して身体をさらけ出した。  そこには、顔と同様、首から胸にかけて火傷の跡が痛々しく残っていた。 「筋肉が衰えたのが一番堪える」  西園寺はそう言ってまた笑った。西園寺の表情には悲しみも悔しさも感じられない。以前と全く変わりがないように見える。 「そんな顔をするな。勃たないだろ。気分の乗らないやつを無理矢理ヤるのは趣味じゃないと言ったはずだ」  西園寺は半分ほどグラスに残っていたブランデーを一気に飲み干した。 「泣くのは今だけにしろ」  そう言って、バーカウンターへと向かった。  久世の涙は止まっていた。  混乱していて冷静になれない。  雅紀にはもう会えないのだろうか。  なぜ俺に何も言わずに行ってしまったのだ。  話くらいしてくれても良かっただろう。  会いに来るなと言うことなのか。  それ以外に、今は考えることができなかった。
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