婚約者

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 ちょうど整い終えたところで、ノックもなしに西園寺英輔(えいすけ)が部屋に入ってきた。一人である。  英輔は無言のまま部屋の中央へとやってきた。西園寺を一瞥し、久世を見る。 「おはようございます。先生」  久世は頭を下げた。  英輔はかすかに頷いた。  そのとき、パウダールームから晶が現れた。 「おじさま、お久しぶりでございます」  久世は目を見張った。  晶は真っ白い絹のワンピースに着替えていた。真っ赤に塗られていた口紅は、薄いピンクに変わっている。そして、サングラスの下に隠されていたのは、美人を見慣れている御曹司の久世でも見たことのないほどの美貌だった。その西洋の彫刻のような顔は、マイナスの個性がないほど均整が取れていて、ぞっとするほど美しい。  先ほどとはまるで別人のような洗練された仕草で英輔に近づいて、膝を軽く曲げてお辞儀をする姿には気品があり、貴族の令嬢のようだった。  西園寺と二人で並ぶと、外国の王侯貴族の夫婦を描いた絵画のように見える。 「晶さん、またお美しくなられましたね」  仏頂面だった英輔も晶を見て相好を崩した。そして晶を促して、二人でそれぞれ一人掛けのソファに座った。  そこへ、西園寺がウィスキーの入ったグラスを手渡す。  受け取った英輔は、西園寺と久世の方をチラリと見て、目で座るように言った。  西園寺は自分の分のグラスを手に持って、久世の隣に腰を下ろす。 「……そういうことだ。わかったかな、久世くん」  久世はいきなり話を振られて驚いた。 「はい! あ、いや、申し訳ございません。どういったことでしょうか」
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