婚約者

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「……これから蓼科なのだよ」 「先生、これは婚約というお話なのですか?」 「何を言っている君。さっき了承したではないか」 「え、いや、あれは……」 「詳しいことは休暇が終わってからすることにしょう。君はその間晶くんといたまえ。恋愛結婚する相手なんだから」 「え、あの、先生……」  秘書官程度が議員に物申せず、どう言って断ればいいのかわからない。 「悠輔、ここでは出入りが目立つ。自宅にお招きしろ」  そう息子に言って、英輔は足早に出ていった。  部屋は再び静寂に包まれた。誰もが無言である。  2分ほど経ったころ、久世がおずおずと口を開いた。 「悠輔、よくわからないのだが……」 「お前、そんなにバカだったか? しっかりしろ! 生田くんのことはもう終わった。次は晶だ。それだけだろ?」 「たかが秘書官の俺がなぜ財閥の一人娘の婚約者になるのかわからん」 「……お前は秘書官である前に、首相の孫なんだよ」 「……なんでこんなことに」  頭を抱えた久世を見て、西園寺は大声で笑った。 「お前も怪我してみるか? そうすれば興味を削がれるぞ」  冗談でもそういうことを言うな、と久世は思ったが、言い返す気力もなかった。  生田のことで頭がいっぱいだと言うのに、いきなり婚約者だなんだと言われてもどうしたらいいのかわからない。 「もう帰っていい?」  晶が立ち上がって西園寺の方を向いた。
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