誕生日

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 久世はリビングのソファに腰を下ろした。  そこでようやくスマホの存在を思い出す。仕事中は専用のスマホを使用していて、プライベートの方は全く見ていなかった。  通知はなく、LINEも着信履歴も何もなかった。  久世は落胆するよりも不安になった。何か彼の身に起きたのではないかと心配になったのだ。  その時、玄関の開く音がした。久世はその音で立ち上がり、リビングから廊下へ出た。  そこには、久世の愛する恋人の姿があった。帰ってきたのだ。  セットされた濃いブラウンの髪は乱れ、顔も曇っている。休日だというのにスーツを着ていて、ジャケットを片手に持ち、シャツは二つボタンが開けられて皺が寄っている。 「おかえり、雅紀(まさき)」 「ただいま。透」  生田(いくた)雅紀(まさき)は、24歳になったばかりの一般企業の会社員だ。  新幹線の距離に住んでいた二人が同棲をすることになったとき、東京を離れられない久世を案じて、生田がこちらへ来てくれた。国会議員の秘書官をしている久世は多忙で、毎日帰宅は遅いし休日も不定期だった。  生田は文句の一つも言わずに受け入れてくれていたが、慣れない都会で友人もおらず、初めての仕事にも疲弊している様子を見せていたから、とうとう限界がきたのだろうか。  生田の様子を見て、誕生日のことなど一切が吹き飛んだ久世は、慌てて駆け寄った。 「どうした?」
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