青森

13/20
前へ
/217ページ
次へ
 マンションの方に背を向けていた生田は、その言葉で振り返る。  久世の姿を見つけたのか、生田は目を細めて数秒そのままじっとしていた。 「近くにいい喫茶店がある。最近できたばかりで人が少ない」  俊介の方へ向き直りながら生田が言った。  生田と俊介は喫茶店へ入った。店内は真新しく清潔で、十人も入れば満席になるような広さだが、生田の話通り先客は一人しかいない。  奥にあるテーブル席を選んで腰を下ろすと、二人はブレンドを注文した。  生田は煙草に火をつける。 「あの、おめでとう」  俊介は水に口をつけてからおずおずと言った。 「ありがとう」  煙を吐き出した生田が、落ち着いた笑みで答える。 「わざわざ来てくれてありがとう。子供は来月生まれる。男の子だ。名前はまだ決めてない。僕はこっちで暮らす。転職先も見つけてきた。荷物を取りに東京へ戻るのは来週かな。ほとんど置いてくるつもりだけど」  一気にそう言うと、また煙草の煙を吸い込んだ。  コーヒーが届いたので二人は無言で口をつける。 「あとなんだろう。あ、母さんには言わないでおいて。入籍したら僕から言うから」 「……まだ入籍していないのか?」 「ああ」 「……どうして」 「別に」 「……よくわからんが、生まれる前に入籍しておかないといけないんじゃないのか?」 「うん。そう。しておいた方が簡単」  そこで俊介も押し黙った。視線を逸らして手元のカップを見る。
/217ページ

最初のコメントを投稿しよう!

173人が本棚に入れています
本棚に追加