もう一人

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 これで終わった。  元に戻ったのだ。生田に出会う前の孤独に。  これからは仕事にだけに生きていけばいい。  幸いにも仕事は思ったよりも面白く、久世の性分に合っている。  最初は秘書官などしたくないと言って、資格を取るまでは断固としてその職に就くまいと思っていたのだが、呼ばれて手伝ううちに面白くなり、今や熱心に励んでいるほどだ。  自分が首相の孫だということを、この世界に入るまではあまり気に留めていなかったが、今や否応なく突きつけられる。七光りという目で見られることで逆に意欲を燃やし、実力で認められようと努力することが楽しかった。  少しづつ首相の孫としてではなく、ただの久世透として扱われるようになってきて、やりがいも感じ始めていた。  そうやって仕事に集中していればいい。多忙だから思い出す暇もないだろう。  久世は生田のことを考えないようにしようと決めた。  西園寺に夢中だったころも、同じように失っても忘れることができたのだ。生田のことは西園寺を想っていたときとは比較にならないほど愛しているが、同じように時の経過に任せれば忘れることはできるかもしれないと、そう考えるしかなかった。  その時、母屋に住み込みで働いている女中が訪れた。出てみると、父が呼んでいるという。帰宅したことをもう聞きつけたのか。
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