もう一人

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 久世は母屋へ行くことにした。父が退院して、病院へ呼ばれなくなってから一年は顔を合わせていない。母の様子も気になった。  母屋へ行って真っ直ぐに母の居室へ向かった。  母は息子の顔を見て喜んだが、すぐにいつものように自分の殻に閉じこもり、力のない笑みで食事の時にまた会いましょうと言っただけで、ベッドへと戻った。  父は書斎で仕事をしていた。  ノックをして許可を受けると、久世は声をかけて入室した。 「失礼します」 「おお、透か。西園寺の選んだ婚約者とやらはどうだ?」  久世はその言葉で身を固くした。  そして同時に気がついた。先客がいる。父の座る一人掛けのソファと向かい合う形で、三人掛けのソファに女性が座っている。  久世はその女性の後ろ姿を見ながら、父の質問に答えた。 「ご存知でいらしたのですか」 「当然だろう。この世界で最も重要なのは金ではない。情報だ」  久世は何も言わず、視線を父に向けて先を促した。 「どうなんだ、透。その恋愛相手というのは。お前の相手は生田という男ではなかったのか?」  久世は目を見開いて冷や汗をかいた。 「ははは。情報だよ。知らないとでも思ったか? お前が生田くんと、いつどこで何をしていたのかも列挙できる。二人で旅行して死亡事故を起こす男よりはマシな相手と言えるが。まあ、結婚する男のことはもういいだろう。……それよりもお前の話だ」  久世は憚らず、父を睨みつけた。
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