もう一人

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 父は笑った。「仕方がないことだ。俺も例外ではない。お前の母とは政略結婚だ。自由恋愛などできるわけがないだろう。しかし可愛らしい子じゃないか。ピアノで賞も取っているし、学歴も申し分ない。家柄に相応しい経歴も美貌もある。何も文句はあるまい」  そこまで言って、父は息子の表情を伺うが、久世は顔をそむけたまま反応をしないため、先を続ける。 「まあ、親の言うことは聞くものだ。それ以外はこれまで通り自由にして構わん。それでは、瑞希さんと食事でもしてきなさい。俺はこれから会社へ行く」  そう言って父は立ち上がった。 「では瑞希さん、これで失礼しますよ」  父が瑞希の側へ寄ると、瑞希も立ち上がって、互いに笑顔で向かい合った。 「はい。ありがとうございました」  瑞希は深々と頭を下げる。  父は最後にもう一度笑いかけると、そのまま無言で退室した。  ドアが閉まり、部屋には無音の時が流れた。 「透さん、どちらへ行きますか?」  瑞希は無音の空間に明るい声を響かせると、久世の側へ弾むように駆け寄った。  覗きこむように自分を見つめる瑞希に、久世はのけぞるようにして後退した。 「ディナー、行くんですよね?」  瑞稀は避ける久世を物ともせずに、さらに近寄る。 「……はい」  瑞希は微笑んだ。これが武器だというような、輝く笑顔だ。しかし久世は身を引いたまま顔も引きつらせている。  瑞希はその久世の反応を気にせず、いきなり久世の手を握った。  久世が驚いて振りほどこうとするが、瑞稀は反対の手で、それを優しく制して言った。 「行きましょう」  久世は瑞希に手を引かれて、自宅を出ることになった。
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