天国が

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 久世を見た瞬間に、久世以外の全てが生田の頭の中から消え去った。  みどりの両親から聞いてすぐに、みどりと結婚すること、生まれてくる子の父となることを決め、久世とは誕生日の日を最後に二度と会わないと心に誓った。  青森まで来てくれた時も、会いたくて堪らない気持ちを抑えて、会わずにいられた自分の理性に誇らしささえ感じた。  御曹司である透とはどちらにせよ長くは続かないだろう。別れる日は遠くないはずだ。いつかは諦めなければならないのだから、ただそれが早まっただけだ。  僅かな日々だったけど、こんなにも人を愛することができた。その相手から自分も愛されていたことを一生の思い出として、大切に胸に秘めておこう。  その思い出だけで、残りの人生お釣りがくるほどだ。  透と再び会うことがあっても、昔の知人として、軽く挨拶をする程度の仲になれたらいい。  久世とのことはそう考えて、妻と子を想う一人の男として生きようと、前向きに気持ちを切り替えようとしていた。  その矢先である。  心に決めた誓いも、前向きな決意も、愛する男を目にした瞬間に綺麗さっぱり吹き飛んだ。    久世に会えたことが嬉しくて、ただ彼の側に近寄りたい、彼に触れたいと、それしか頭に浮かばなかった。  その他のことは、みどりのことも子供のことも、久世とは別れていたことも、二度と会わないと決めたことも、何も浮かばなかった。
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