訪問者

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「帰りません。櫻田さん一人で帰ってください」 「嫌」 「……どちらにせよ、明日は仕事だから私も帰ります。先に帰ってください」 「透さんと少しでも一緒にいたいんです。愛してるなら当然のことでしょう?」 「私は……」  久世がそこまで言うと、かぶせるように生田が怒りに満ちた声で言った。 「一緒に帰れよ」  久世は生田の方へ振り向いた。生田は久世と瑞稀を、敵意のこもった目で睨みつけている。 「透、お前こんな女と結婚するの? 失望したよ。こんな高飛車で失礼な女初めてだ。金持ちの世界では珍しくないのかもしれないが、僕は関わりたくない。透も僕とは別の世界の人間なんだろ? 二人で手でも繋いで帰れよ」  久世は生田が自分のことをも敵意を含んだ目で睨んでいることにショックを受けたが、なんとかなだめようと落ち着いた声で言った。 「雅紀、俺は帰らない。お前といたいんだ。櫻田さんは一人で帰る」  対して生田は目つきも声色も変えずに言い返す。 「帰れよ」 「帰らない」  久世は諦めず、しばらく二人は同じことを言い合った。  生田はうんざりした様子で久世から視線を逸らし、玄関の方を向いて声を荒げた。 「じゃあ、出ていけよ。ここは僕の家だ。出ていけ」  久世はその言葉に反論ができずに押し黙る。  生田は再び久世を見る。 「出ていけよ」  その目には怒りと共に、悲しみもあったように見えた。  久世はもう一度「帰らない」と言いかけたが、ここでもやはり言い返せない久世の性質が越えようもなく訪れて、久世は諦めたように黙って部屋を出ていった。
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